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少女と猫とお人好しダークエルフの魔石工房  作者: 江本マシメサ
第一部 少女はダークエルフと出会う
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少女と猫と兎は走る!

   人々をすり抜け、エルは走る。


『ちょっと、ご主人様! あの悪党、わたくしが一刀両断してやりますわ』

「ダメ!」

『エル、お喋りしている場合じゃないよ!』


 人混みの中なので、小回りが利くエルが少しだけ有利だ。しかし、のんびり喋りながら走る余裕はまったくない。


 なんとか魔石夜市を通りすぎたが、今度は夜の公園に出てくる。

 木々や草花が植えられていて、エルが育った森の中に少しだけ雰囲気が似ていた。

 中心には噴水広場があるようだが、そこは恋人達が愛をささやく場となっている。近寄らないほうがいいだろう。

 距離は稼いだが、傭兵らしき男はエルを追いかけていた。諦めがかなり悪いようだ。

 もうそろそろ、体力も限界である。どこかに姿を隠そうと思っていたら、何かにつまずき転んでしまった。


「うっ!」

『きゃあ!』

『うわ、エルとネージュ、大丈夫? 派手に転んだけれど』


 エルは素早く立ち上がろうとしたところ、手が差し出された。


「悪い」


 低く、掠れたような若い女性が声をかけてきた。

 顔を上げると、エルの目の前にサラリと美しい金色の髪が流れてくる。


「私が脚を伸ばしていたから、躓いてしまったんだ」

「ああ、そう、だったの」


 エルは呆然ぼうぜんと、手を差し出してくれた女性を見上げる。

 褐色の肌に、切れ長の目、高い鼻に、ぽってりと盛り上がった色っぽい唇。驚くほどの美女だったが、人とは異なる点を発見し、ぎょっとする。

 耳がつんと尖っていたのだ。

 彼女は世にも珍しい、『ダークエルフ』だった。

 ダークエルフといえば、魔王の手先、悪の一味、邪悪なる存在とも言われている。

 物語の中では、悪い存在として描かれることがほとんどだ。

 むしろ、善き存在として書かれている書物や物語は皆無。

 そのため、ダークエルフに出会ったら、回れ右をして逃げろとまで云われていた。


「あ、あなたは──」

「ん?」


 目の前の、謝罪の気持ちから手を差し出したダークエルフよりも、邪悪な存在がやってくる。

 エルを罵った、傭兵らしき男だ。


「やっと、追いついた! お前、ゆるさないからな!」


 そんな威勢のいい言葉に反応したのは、エルでなくダークエルフの美女だった。


「は? お前、何言ってるんだ?」

「な、何って、この娘が、クズ魔石を売っていたから、成敗してやろうと思ったんだよ!」

「クズ魔石って、どんな?」

「どんなって……」


 彼自身、エルの魔石を確認したわけではない。だから、どういうクズ魔石か言葉に詰まっている。


「あのな、クズ魔石売りっていうのは、組織的に行われていて、魔法騎兵隊でも捕まえることができないんだ。そんなクズ魔石売りが、表立った場所に出てくるわけがないだろうが」

「そ、それは……」


 ダークエルフの美女は、エルに問いかける。


「あんた、クズ魔石を売っているのか?」


 エルは首を左右に振る。


「魔石を見せてくれないか?」


 ダークエルフの美女に言われた通り、エルは魔法鞄の中から火の魔石を取り出した。


「あの、これ、です」

「ほう、これは──」


 魔石を受け取ったダークエルフの美女は、すぐさま魔石の表面に刻まれた呪文をさすり、魔石の力を発動させる。


 地面に置いた魔石は淡く光り、発光した。そして、ボッ! と音をたて、火が巻きあがる。


「本物だな。クズ魔石なんてとんでもない。見ての通り、上質の魔石だ。あんたは、罪もない少女を刃物で脅して追いかけ回していたんだ。魔法騎兵隊に通報したら、拘束され──」

「うるさい! 俺は魔石売りに頼まれたんだ。罪を問うならば、そっちに言ってくれ!」


 クソが、と負け犬の遠吠えのように叫びながら、傭兵らしき男は走っていなくなる。

 ポツンと残されたエルに、再度手が差し伸べられた。


「あんた、大丈夫?」

「ええ、平気」


 今度は、ダークエルフの美女の手を取って立ち上がった。


「怪我はないか?」

「うん」

「そうか、よかった」


 ダークエルフの美女は手を貸してくれただけではなく、エルの服に付いた埃や土を手で払ってくれた。

 薄暗いのではっきりとわからないが、魔技巧士が着ているような丈の長い黒い外套を纏っている。年頃は、二十代半ばから後半くらいか。


「あの、ありがとう」

「いや、気にするな。魔石を、売ろうとしていたのか?」


 エルはコクンと頷く。モーリッツは一人前だと言っていたが、それ以外の人々からの評価は散々である。魔石技士として、自信がなくなりつつあった。


「最近、偽造魔石やクズ魔石が多く出回っていて、魔石売りはピリピリしているんだ。まあ、運が悪かったとしか言いようがない」

「どうして、わたしを助けてくれたの?」

「ああ、それは、妖精が付いているからだ。妖精は人間の悪い感情を何よりも嫌う。そんな妖精が傍にいたから、あんたはきっと善良な人間だと思っていた」


 ヨヨがいたおかげで、助けてもらえたようだ。


「私も、一応妖精族の端くれで、人の悪感情には敏感だからな」


 ダークエルフの美女は、尖った耳を指で差しながら淡く笑った。


「そういえば、あんたは私を怖がらないんだな。私をひと目見て、ダークエルフだと悲鳴を上げる輩もいるんだ」

「別に、怖くない。あなたは、とても親切だったから」

「はは。ありがとう」


 照れ臭かったのか、顔を逸らしながら笑っていた。

 エルはついていた。運よく転んだおかげで、ダークエルフの美女に助けてもらえたのだ。


「あの、これを」


 エルは魔法鞄から炎の魔石を取り出し、ダークエルフの美女へと差し出した。


「これ、助けてくれたお礼」

「え、いいのか?」

「うん」

「へー。さっきも思ったが、あんたの魔石は質がいい……は?」


 炎の魔石を手にしたダークエルフの美女は、目を剝いていた。


「どうかしたの?」

「──なんだ、この強力な魔石は!?」


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