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少女と猫とお人好しダークエルフの魔石工房  作者: 江本マシメサ
第一部 少女はダークエルフと出会う
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少女は路頭に迷う

 満腹になったエルは、ネージュの案内で中央街にある宿にやってきた。

 建物は新しく感じた。アプリコット色の塗装が全面に塗られ、華やかで明るい印象である。

 七階建てで、世界初の魔石を動力として動く昇降機があるらしい。それが自慢なのか、昇降機の表面はガラス張りで作られていて、外から見えるようになっていた。

 エルが宿に一歩近づいたら、若いドアマンが顔をしかめる。宿泊客には見えなかったのだろう。こういう時、萎縮してはいけない。堂々としていなければ、不審に映る。

 逆に、エルは眉を顰め、扉を開こうとしないドアマンを見た。すると、慌てた様子で扉を開いてくれた。


「ありがとう」


 エルはそう言って、中へと入る。

 ロビーは広く、手入れがなされた絨毯が敷かれてある。待合室には、観光客らしい荷物を持った人たちが休憩していた。奥のほうには、喫茶店もあるようだ。

 まずは、受付で空室があるかどうか尋ねる。


「あの、空いている部屋は、ある?」


 若い受付係の女性は、眉を下げ困った顔でエルを見下ろしていた。

 きっと、年若い娘が一人で泊まりにくることなどないのだろう。


「お金はあるから、質問に答えて」

「えっと、あの、お嬢ちゃん、お父さんとお母さんは?」

「いない。見たらわかるでしょう?」

「え、ええ。そう、ですね。では、身分証を拝見させていただきます」

「身分証?」

「ええ。王都内での宿泊は、身分証が必要となります」

「……」


 そんなもの、持っていない。身分証が必要なんて話は、聞いたことがなかった。


「いつから、身分証制度ができたの?」

「一年くらい前からでしょうか? 急に、始まったようで」

「そう。身分証は、どこで取得できるの?」

「ギルドで発行しています。しかし、今の時間はもう、閉まっているかと」

「……」


 つまり、この宿にエルは泊まれないということになる。


「王都に、身分証なしで泊まれる宿はある?」

「え~~っと、それは、厳しいですね。どの宿でも、たいていは身分証が必要となっていまして」

「わかった。ありがとう」


 礼として受付の女性にチップを手渡し、エルは宿を出る。

 受け付けで話を聞いている間に、太陽は沈んでしまった。


『ねえ、エル。泊まれないって、どうするの?』

「うん」

『エル、フォースターのおじいさんの家に行ったら? それか、シャーロットの家とか』

「いい、大丈夫」

『ええ~~!』

『あなた、王都に知り合いがいるのならば、頼ったほうがよろしくてよ』


 ネージュの言葉を無視して、エルは歩き始める。


『エルは頑固なんだ。それから、他人に甘えるのがへたくそなんだよ』

『まあ! 意地を張っていたら、大変な目に遭いますわよ!』


 エルはネージュの話を聞かず、暗くなった王都の街をスタスタ歩く。


『追いかけなきゃ!』

『仕方ありませんわね!』


 夜の街を少女と妖精、精霊が歩いていたが、気にする者は一人もいない。

 王都は、そういう場所だった。


『エル~~、どこに行くの?』

「食堂。お店を手伝う代わりに、一晩泊めてくれないか頼みに行く」


 以前読んだ本の中に、あったのだ。店で働く代わりに、泊めてもらう物語を。


『止めなよ。エルに、そういう接客系の仕事は向いていない』

「注文を取りに行ったり、配膳に行ったりすることは難しくても、皿洗いならできるし」

『でも、身分証もない人を雇ったり、泊めたりするかねえ……』


 ヨヨの言う通り、食堂のおかみと話したが、まず身分証を、という話になったようだ。


「身分証制度が始まってから、犯罪も減ったんだよ。だから、身分証を確認しないと心配でねえ。最近は客の身分証を確認するようになったんだ。ごめんねえ」

「いえ」


 二軒目も、三軒目も似たような反応をされる。王都に住む人々は、かなり身分証に依存した暮らしをしているようだった。


「身分証が、犯罪を軽減してくれる。だから、それを判断の指数にするのは間違っていない。合理的だ」

『そうだねえ』

『わたくしは、気に入りませんわ。たった一枚の紙で、人が安全か危険か測るなんて』

「それは、そうだけれど」


 今まで生活していた森の中とは、暮らし方がまるで違う。しかし、それを受け入れるしかない。異国の勇者も言葉を残していた。『郷に入れば郷に従え』、と。


『それで、今日はどっちの家にするの? シャーロット? それともフォースター?』

「どっちでもない」

『あなた、もしかして、野宿するつもりですの?』

「野宿は、したくないけれど」


 エルはこのような状態に陥っても、自分でどうにかしたいと考えていた。

 ヨヨは叫ぶ。『この、わからずや~でいじっぱり娘~』と。エルは気にせずに、歩き続ける。

 夜市を開催する広場とは、異なる開けた場所に出てきた。

 そこでも、魔石灯が連なって灯され、露店が並んでいる。

 夜市よりも、たくさんの人が集まっていた。


「あれは──」

『魔石夜市ですわ』

「魔石夜市。魔石を売る市場ってこと?」

『ええ、そうですわ。ここも、王都名物の一つかと』


 毎晩開催される魔石夜市では、魔石技士が魔石を魔石売りに卸し、魔石売りが魔石を客に販売する店が連なっている。


「わたしの魔石も、ここだったら買い取ってくれるかもしれない!」


 エルはそう呟き、魔石夜市に向かって走り出す。


『ちょっ、エル、待ってよ!』

『ご主人様、危険ですので、わたくしから離れないでくださいまし!』


 駆けるエルを、ヨヨとネージュは慌てて追いかける。

 魔石夜市は、木箱に山盛りされた魔石を売る店から、宝石のように大切に取り扱う魔石まで、さまざまな魔石が売られている。

 客は観光客と、地元住人、それから魔技巧士に買い付けにきた商人と、多岐にわたっているようだ。

 エルは目を輝かせながら、魔石を見て回る。

 ただ、どの魔石も、白濁した色だった。エルの魔石のように、水晶のごとく澄んだ色の魔石はない。高位魔石として売られていたのも同様に。首を傾げながら、店を眺めて歩く。


「もう、品切れだ」

「ええ、困ったなあ」

「こっちも困っているんだよ。買い占められてしまって。今日は他の店を当たってくれ」

「はあ、そうするよ」


 そんな会話が聞こえ、エルは足を止める。ここの店ならば、エルの魔石を買い取ってもらえるのではないかと思ったのだ。


「あの」

「なんだい? もう、魔石は売り切れだよ」

「そうじゃなくて、魔石を、買い取ってもらえないかと思って」

「魔石? お嬢ちゃんは、魔石売りなのかい?」

「うん、そうなの」


 見せてくれと言われたので、エルは鞄の中から火の魔石を取り出して、店主に見せた。


「こ、これは──!」


 ドキドキと、胸が高鳴る。モーリッツ以外に、魔石を品定めしてもらうのは初めてだった。


「これは、偽魔鉱石をつかった魔石だろうか?」

「違うけれど」

「いいや、間違いない」


 偽魔鉱石だなんて、聞いたことがなかった。いったいどういう物なのか、質問しようとした瞬間、とんでもない罵声を浴びてしまう。


「クズ魔石を掴ませやがって! この、詐欺師が!」


 そう言って、店主はエルに火の魔石を投げてくる。胸にぶつかり、エルは地面に膝を突いた。


「うう……!」


 胸が痛い。当たった魔石のせいでもあったが、別の理由でも胸が痛んだ。

 頑張って作った魔石をクズ魔石と呼ばれるなんて……。

 地面に落ちた魔石を拾い上げる。幸い、傷は付いていなかった。エルにぶつかったあと落ちたので、緩衝材代わりになったのかもしれない。


 地面に蹲っていたら、店に誰かがやってくる。


「旦那、どうしたんだ?」

「この娘が、クズ魔石を売ろうとしたんだ!」

「なんだと!?」


 大きな声に驚き、顔を上げる。エルに侮蔑の視線を向けていたのは、革の装備を身に着けた傭兵らしい若い男だった。


「お前みたいなのがいるから、王都の治安が悪くなるんだよ!」


 傭兵らしき男がエルの胸倉目指して手を伸ばしたが、その手は叩き落される。


『あなたみたいな下賤げせんな男には、ご主人様には指一本触れさせませんわ!』

「はあ!?」


 ネージュの威勢が良すぎる言葉が、男を怒らせる大きな引き金となったようだ。

 腰に刺していた大振りのナイフを引き抜いた瞬間に、エルはネージュを抱えて走り出す。


「待て!!」


 捕まったら、大変なことになるだろう。エルは魔石夜市を走る。


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