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少女と猫とお人好しダークエルフの魔石工房  作者: 江本マシメサ
第一部 少女はダークエルフと出会う
31/165

少女と猫と兎は夕暮れの街を行く

 バタンと、長いしっぽ亭の扉が開いた瞬間、エルは我に返る。

 人通りの多い王都の街に、今、初めて一人で立っているのだ。

 長いしっぽ亭の店主が言っていた通り、道行く人々は人だけではない。多彩だ。

 頭部がわしで首から下が人の体を持つ、フロックコートを纏う紳士が通り過ぎる。次に、背中に大きな翼を持つズボンを穿いた女性が空を飛んでいた。

 向かいの通りではネコのぬいぐるみが、幼い貴族令嬢のあとをテクテクと歩いていた。ただ、頭の大きな体では均衡を崩すのか、何度も転んでいる。そのたびに。使用人が背中に魔石を詰め込んでいた。転ぶのも五回目となると、貴族令嬢は癇癪かんしゃくを起こす。もういらないと言って、ぬいぐるみを道端に置かれていたゴミ箱の中に放り込んだのだ。


「あっ──!」

『エル、行こう』

『見ていて気持ちがいいものでは、ありませんわ』

「うん、そうだね」


 エルはゴミ箱に捨てられた魔技巧品のネコを見ない振りして、この場を去る。


 ◇◇◇


 もうすぐ、陽が沈みそうだ。そろそろ宿で休んだほうがいい。エルはそう思ったが、ここは見知らぬ街。どこに宿があるかさえ、エルは知らない。


『ご主人様、どうかなさいましたか?』

「宿を取らないといけないのだけれど、どこにあるのかわからなくて」

『でしたら、わたくしが宿にご案内いたしますわ』

「すごい。そんなことも知っているんだ」

『王都の地図は頭に入っております。なんと言っても、王都生まれですから』


 エルが拍手すると、ネージュは満更でもない表情を見せる。


貴族御用達ごようたしの宿ともなれば、一番安い部屋でも金貨五枚は必要ですけれど』

「一泊で、そんなに使えないよ」

『でしたら、ご予算はいくら?』

「高くても、銅貨十枚くらい」

『それでは、下町の安くてボロボロの宿しか泊まれませんわ。下町は治安が悪いので、行くのは勧めません』

「う~~ん」

『最低でも、銅貨三十枚の宿にしませんと』

「わかった。その宿に案内して」

『お任せあれ』


 ネージュは胸に手を当て、恭しく会釈する。その姿は、騎士のごとく。


『では、行きますわよ』

「お願い」

『出発~』


 ネージュの先導で、中心街にある宿を目指す。

 その間、エルは所持金について頭の中で計算を繰り返していた。

 黒斑病を治した時に治療代と薬代を貰ったが、王都に来るまでにけっこう消費してしまった。旅する中で安全を手にするために、金を惜しみなく使っていたのだ。

 おかげで、怪我もなく辿り着くことができた。

 明日は、魔石を売って所持金を増やしたい。きちんと売れるのか、エルは不安だった。


 だが、そんな不安も吹き消すものを発見する。

 広場に魔石灯がてんてんと連なって光る場所を見つけたのだ。たくさんの露店があり、人々が行き交っている。


「ネージュ、あれは?」

夜市よいちですわ』

「少し、見てみたい」


 エルはヨヨをチラリと見る。顰めた表情を見せていたが、『ちょっとだけだからね!』と言って、渋々と許してくれた。


 王都では、毎晩のように夜市が開催されているらしい。

 地方の特産品や大量生産された安い雑貨、アンティークの品々、新鮮な野菜に焼きたてパン、料理など、さまざまな物が売られている。

 まだ暗くなっていないからか、開いていない店がチラホラある。人通りもまばらだった。

 エルは匂いに釣られて、料理を売る店のほうへ向かう。


「いらっしゃい、いらっしゃい」

「焼きたてだよ!」

「安いよ、安いよー!」


 随分と、活気のある店が並んでいる。

 最初に覗き込んだ店は、パンに揚げた白身魚と『タルタルソース』と呼ばれるソースを挟んだものに、挙げたイモと炙ったソーセージが山盛りになった料理を提供していた。

 おいしそうだが、エル一人では食べられそうにないので素通りする。

 二軒目は、エルの背丈よりも大きな肉の塊を丸焼きにしていた。焼けた肉はナイフで削いで、ポケットのような形のパンに詰めている。

 それを買ったばかりの男性が、大きな口で頰張っていた。肉汁が口の端から零れていたが、滴り落ちる前に指先で拭う。

 あまりにも大きいので、エルの口ではかぶりつけそうにない。これも、諦める。

 三件目は、プルプルになるまで煮込んだ牛すじを、たっぷり汁をかけた麺に載せたものだった。出汁だしのいい匂いが、あたりに漂っている。看板には、『牛すじ麺』と書かれていた。


「これだったら、食べられそう」


 一杯銅貨一枚と値段も手頃な上に、五人ほどの列もできていた。きっと、おいしいから並んでまで食べたいのだろう。

 エルの夕食が決まった。五分ほど並び、牛すじ麺を手にした。

 器とフォークは食べ終わったら返す仕組みらしい。露店の裏に、机と椅子があった。そこで食べていいようだ。

 エルは他の大人達に混じって、牛すじ麺を食べる。

 乾麺はフーゴがたまに買ってきていた。エルはスープに入れて食べていたが、そこまでおいしいとは思わなかった。

 しかし、この牛すじ麺はおいしそうに見えたのだ。

 フォークに麺を絡め、汁が滴らないように食べる。


「んんっ!?」


 あまりにも、今まで食べた麺とは違ったのでエルは驚いた。

 麺が汁に絡み付き、出汁の利いた味わいが口の中に豊かに広がる。そんな出汁の味わいを感じながら噛みしめる麺はプリプリで、ほどよい歯ごたえがあった。

 これが、本物の麺料理!

 エルは麺という食材をよく知らずに、適当に調理していたのだ。

 おいしさの秘密を知ろうと、露店の店主が牛すじ麺を作る様子を横目で見た。

 麺は乾麺でなく、柔らかい生の麺を使っていたようだ。それを、でたあと、しっかり湯切りしていた。

 麺は別茹でにしなければならないものだったようだ。


『エル、早く食べないと、麺が伸びるよ』

「そうだった」


 ヨヨに促され、エルは麺をすする。

 牛すじは驚くほど柔らかくて、プルプルだった。あまりのおいしさに、汁まで全部飲み干してしまう。空腹だったからだろう。けれど、それを抜きにしてもおいしかった。

 思いがけない食事との出会いに、エルは感謝する。

 そして、絶対おいしい麺料理を作ろうと、心の中で決意を固めていた。

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