少女は人工精霊の服を選ぶ
厳つい顔の主人に、奥の部屋へと導かれる。
そこにあったのは、人工精霊用の服だった。
扉以外全面棚で、さまざまな種類の服が豊富に揃えられていた。
入ってすぐ傍にあったトルソーには、胸の大きなリボンが愛らしい金糸雀色のドレスが着せられていた。他に、袖口に豪奢なレースがあしらわれたブラウスや、ベルベット生地の滑らかな手触りのワンピース、物語の王子が着ているような華やかな服もある。
「これ、すごい……。全部、人工精霊の服なんだ」
「そうだ」
ネージュはどんな服がいいのか。チラリと横目で見たら、ありえない一式を真剣な眼差しで見つめていた。
「あの、ネージュ。それがいいの?」
『ええ、わたくしには、これがぴったりかと』
ネージュが見ていたのは、甲冑と剣といった騎士の装備だった。
小さなぬいぐるみが着られるように作ってある。寸法が小さいのでどこか可愛く見えるが、鎧の硬さや剣の鋭さは本物だ。
「ほう。これは驚いた。騎士クラスだったか」
「クラスって?」
「人工精霊が独自に持つ、適性だ」
四六時中喋っているような子どもには、話術師の適性。
遊び好きで活発な子どもには、遊戯師の適性。
大人しく本好きの子どもには、読書師の適性。
人工精霊には、その子どもにもっとも必要な適性を持って生まれる。
エルに必要なのは、騎士の存在のようだ。
「一応、鎧を作っていたものの、今まで騎士の特性を持つ人工精霊はいなかった。あんたは、もしかして誰も守る存在がいないのか?」
「……」
「沈黙は肯定するようなものだな」
返す言葉は見つからず、エルは唇を噛みしめる。
「そういえば、さっきも父親の行方を聞いていたが、蒸発でもしたんだろうなあ」
エルが返事をしないからか、店主は独り言のように呟いていた。推測は外れていないので、なんだか悔しくなる。
「まあ、人工精霊はそんじょそこらの騎士より強いだろう。今日から、存分に守ってもらえ」
その点に関しては、ありがたいものである。しかし、一点問題があった。
「その甲冑一式は、いったいいくらなの?」
エルの所持金で足りるのだろうか。よくよく見たら、鎧や剣に魔法の呪文が刻まれていた。
これは、付加魔法といって、物に魔法を宿す高位魔法だ。きっと、値が張るに違いない。
ドキドキしながら、店主の返答を待つ。
「いや、これの代金は必要ない」
「え、なんで?」
「服や、装備品は初回無料だ。厳密に言ったら、服代も含まれているのさ」
フーゴはネージュの服を選ぶ前に、店を飛び出していったらしい。そうとう、急いでいたようだ。
「そうだったんだ」
「こんないいもんを寄越してもらって、お前は幸せ者だ」
「うん」
ウサギのぬいぐるみを貰った時、フーゴは帰ってくるのが特別遅かった。過去を遡っても誕生日に贈り物を用意していたことはなかったので、遅くなった詫びの意味合いが強いものだと思っていた。
しかしながら、これはただのぬいぐるみではなかった。フーゴの魔力が籠った、制作に十年もかかる人工精霊である。
詫びでも、気まぐれでもない。フーゴの気持ちがこもった贈り物なのだ。
エルはしゃがみ込んで、ネージュと目線を同じにしながら話しかける。
「ネージュ、この甲冑と剣でいい?」
『もちろんですわ!』
「だったら、これをください」
「まいど!」
可愛らしい服に囲まれた店とは不似合いの、気合いが入った返事だった。
店主はネージュに鎧と剣を装着してくれた。
「これはおまけだ」
そう言ってネージュに差し出したのは、首元にフワフワの毛皮が付いた、真っ赤なマントである。鎧を着こんだ上に身に着けたら、どこから見ても立派な騎士にしか見えなかった。
身支度が調ったネージュは、マントを翻しながら振り返った。剣を抜き、ぶんぶんと軽く振り回してポーズを決める。
『ふふん。いかがかしら?』
「カッコイイ!」
ネージュはヨヨもチラリと見て、感想を要求する。
『いや、結構イカしていると思うよ』
『当たり前ですわ!!』
こうして、エルに頼もしい騎士ができた。
「よかったな、嬢ちゃんよ」
「うん、嬉しい。でも、ネージュを連れていたら、街中で目立たない?」
「何を言ってんだ。ここは王都だ。獣人にドワーフ、竜人、エルフとなんでもいる。今さら、ウサギが二足歩行で歩いていても、誰も気にしないさ。それに、胸糞悪い話だが、この店の偽物が多く出回っている」
「人工精霊を、他の誰かが開発したの?」
「いいや、あんなものが人工精霊なわけあるか!」
なんでも、それは魔石を動力源とした自動ぬいぐるみらしい。魔技巧士が作り、『長いしっぽ亭』のぬいぐるみを買えない貴族の間で大流行しているようだ。
「だから、動くぬいぐるみがその辺をよく歩いているものさ」
「そう」
魔石で動くぬいぐるみに命は宿っていない。ただただ、体内に刻まれた呪文をもとに、ある規則に従って動いているだけにすぎない。
「贈り物としてもらって、思うように動かないからとうちの店に苦情を言いにくる輩もいる。たまったもんじゃない。うちは、まっとうな商売しかしていないのに」
「大変だね」
「ああ、大変なんだよ。って、話がズレちまったな」
「ううん。いろいろ話を聞かせてくれて、ありがとう」
「いいってことよ。あ──そうだ。ちょうどよかった」
店主は棚の中から、巻いてリボンで結んだ羊皮紙を取り出した。
「お前の親父、保証書を、持ち帰り忘れていたんだった。持っていけ」
「保証書って?」
「もしも、人工精霊が傷ついたり、盗まれたりした場合は、俺が対処するってもんだ。これは非常に希少な商品でな。盗まれることも珍しくない」
人工精霊の器となるぬいぐるみには刻印が刻まれてあって、それをもとに捜索ができるようになっているらしい。
「俺の最高傑作達を盗む輩は絶対に許さねえ。もしも、何かあった時は、保証書を持ってここに来るんだ。いいな」
「うん、わかった」
羊皮紙を広げてみると、フーゴの署名があった。申し込んだ時と、受け取った時と二箇所ある。
相変わらず、汚い文字である。フーゴが書いた字を、モーリッツが「ミミズが這いつくばった跡のようだ」と言っていたのを思い出してクスリと笑ってしまった。
「……あれ?」
よくよく見たら、家名に違う名前が書かれている。
フーゴとエルの家名は、『ハルツハイル』だ。
しかし、署名には、『フーゴ・ド・ノイリンドール』と記されている。いったい、どういうことなのか。
「どうした?」
「な、なんでもない」
これ以上、初対面の相手である店主に素性を明かすわけにはいかない。
エルは保証書を巻いて、素早く魔法鞄の中にしまった。
店主に深々と頭を下げて、店を出る。




