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少女と猫とお人好しダークエルフの魔石工房  作者: 江本マシメサ
第一部 少女はダークエルフと出会う
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少女は人工精霊と契約する

「契約したら、このぬいぐるみに命が宿るの?」

「そうだ。人が生命に名付けることを、命名・・と言うだろう? 名付けは、大切な儀式なのだ」


 ぬいぐるみの目を覗き込んでも、作り物にしか見えない。

 本当に、名前を付けただけで命が宿るというのか。

 ふと、視線を感じて棚のほうを見る。クマのぬいぐるみの黒い目が、エルを見つけているような気がしたのだ。


「そこにある、クマのぬいぐるみは?」

「あれは、俺と契約している人工精霊だ。おい、グリー!」

『は~い』


 突然、クマのぬいぐるみが挙手し、棚から跳び下りた。


「うわっ!!」

「この通り、ぬいぐるみは生きている」

「……」


 ヨヨも驚いたのか、全身の毛をふくらませていた。

 グリーと呼ばれたぬいぐるみは肩をすくめ、棚に戻っていく。運動神経はいいようで、棚の一番上まで跳び乗っていた。


「まあ、この通り、ぬいぐるみは生きている。だから、このぬいぐるみは大量生産できない。生き物を生み出すのには、大変な労力がいるからな。今、こいつは眠っている状態にすぎない。目覚めさせてやれ」

「その前に、質問があるのだけれど」

「なんだ?」

「契約したら、私の魔力を分け与えるの?」

「いいや、それは必要ない。これらのぬいぐるみには、贈り主の魔力がこもっている。それが命に代えて、動くのだ」

「ということは、魔力が尽きたら、動かなくなってしまうの?」

「まあ、そうだな。これはそもそも、そういうものだから」

「そういうものって?」

「子どもの遊び相手や話し相手をするぬいぐるみでは、大人になったら必要なくなるだろう? 役目を終えたぬいぐるみは、眠りに就くようになっている」

「ああ、そういうこと」

「もちろん、それをしないで、自分の魔力を注いで傍に置く者もいるがね。まあ、まれだな」


 子どものために、愛情と魔力が注がれた世界で一つのぬいぐるみ。

 フーゴが、エルのために作ってくれたのだ。

 エルはじっと、ぬいぐるみを見つめる。白くてふわふわで、赤い瞳とピンと伸びた耳が愛らしい。


「う~~ん」


 どんな名前を付けようか。迷っていたら、店主がエルの背後に隠れていたヨヨの存在に気づいた。


「む、そこな猫は、妖精か?」

「あ、うん。そう」

「ほう、小山猫か。初めて見る」


 店主はしゃがみ込んでヨヨを見つめる。圧迫感を覚えたからか、ヨヨは後退あとずさっていた。


「なるほどな。人工精霊がいなくとも、親友ともがいたというわけか」

「でも、夜いつも一緒にいてくれたのは、この子だったから」


 フーゴがいない、一人寂しい夜をずっと一緒に過ごしてきた友達だ。どんな名前がいいだろうか。エルは考える。


 窓の外を見たら、ふわふわの淡雪が降り始めた。それを見て、ピンとくる。

 エルはぬいぐるみを高く上げ、名前を叫んだ。


「決めた。この子の名前は、ネージュ」


 ネージュ。古代語で、雪という意味だ。

 名前を呼んだ瞬間、ぶるりとウサギのぬいぐるみが震えた。

 赤い瞳に光が宿り、むくりと自らの力を用いて起き上がる。

 エルはウサギのぬいぐるみと目が合ってしまった。


「あなたは──」

『遅いですわ!!』


 ウサギのぬいぐるみだったネージュはジタバタと暴れる。エルが手を離すと、一回転して床に降りた。


『いつ、名付けを行うのか待っていたのに、二年後ってどういうことですの!?』


 幼い少女の声で、叱られる。エルは不思議な気分となった。


「ごめんなさい。まさか、あなたに命が宿っているとは、思わなかったから」

『まあ、あのぼんくら男が説明しなかったのが、悪いのでしょうけれど』

「う、うん」


 父親をぼんくら呼ばわりされたが、何も返す言葉がなかった。

 事実、フーゴはぼんくらだった。

 エルを森の奥地へ連れてきたのに、生活能力は皆無。料理も掃除も裁縫も、火熾ひおこしすらできない。

 一応、やろうと努力する姿勢は見せるものの、驚くほど不器用だった。

 唯一、狩猟が得意だったが、解体はできないという体たらく。

 モーリッツと共に呆れたことは一度や二度ではない。


 なぜ、森の奥地にエルを連れてきたのか、質問したことがある。

 エルは真剣に質問していたのに、フーゴはふざけた様子で「自然を愛しているからさ~」なんてことしか言わなかった。

 そう。エルの父親フーゴは、ぼんくらでいい加減で、いつもヘラヘラしている男だったのだ。

 きっと、ぬいぐるみを受け取った時も、よく話を聞きもしないで店を飛び出したに違いない。

 フーゴについて思いをはせていたエルであったが、ネージュの叫び声で我に返る。


『きゃあ! わたくし、裸ではありませんか!』

「うん?」


 ぬいぐるみなので、裸でいるのは普通だろう。そう思っていたが、周囲のぬいぐるみを見てみたら、服を着ていた。

 レースたっぷりのドレスを纏っていたり、紳士顔負けの燕尾服を着ていたり。子ども服のような、可愛らしい寸法の服である。

 今まで意識していなかったので、まったく気づかなかった。

 エルは上着を脱いで、ネージュにかけてあげた。


「あの、おじさん、ここで、精霊の服を買えるの?」

「ああ、もちろんだ。こっちに来い」


 奥の部屋に招かれる。エルはネージュを抱き上げ、店主のあとに続いた。


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