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少女と猫とお人好しダークエルフの魔石工房  作者: 江本マシメサ
第一部 少女はダークエルフと出会う
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少女は紳士と別れて長いしっぽ亭に行く

「ああ、よかったね。営業中だ。ここは不定休で、一ヵ月毎日通っても開いていない時もあってね。お嬢さんはツイている」

「そうなんだ」


 普通の商店では『営業中』の札がかかっているのに、長いしっぽ亭は『お招きします』という札がドアノブにかかっている。変わった営業体制だったり、顔なじみにしか商品を売らなかったりと、変わった店のようだ。


「さあ、今度こそお別れだね」

「フォースターさん、ありがとう」

「こちらこそ、ありがとう。気持ちが沈んでいる中、君に出会えて、話ができて嬉しかったよ。でも、ああ、本当にお嬢さんが心配だ。このまま見守って、家に連れて帰りたい」

「それ、誘拐だから」

「はは、その通りだよ」


 フォースターはエルの頭を撫でて言った。


「名も知らぬお嬢さん。汝の人生に、光あれ」

「!」


 ドキンと胸が高鳴る。その言葉は、モーリッツがいまわの時に言った言葉であった。


「そ、それ、何?」

「何って、大精霊セレスデーテの祝福の言葉だよ」

「大精霊、セレスデーテ?」

「ああ。この王国の、守護大精霊だ」

「そう、なんだ」


 ──汝の人生に光りあれ

 それは、大精霊セレスデーテに祈りを捧げることによって、相手に祝福を授けるものらしい。


「祝福といっても、大精霊セレスデーテが直接くれるものではなく、使用者の魔力を消費して祝福へ変換する魔法だから、軽い気持ちで使ってはいけないよ。その昔、とある神父が祝福を人々に無償で与え、魔力が尽きて亡くなってしまった事件もあるんだ」

「そう、なんだ」


 モーリッツの言葉は、エルを祝福するものだったのだ。

 胸が、じんわりと温かくなる。

 モーリッツの魔力が欠片となって、エルの中にあるのだ。

 しかし、ふと思い出す。

 モーリッツはエルに、聞き覚えのない名前で呼びかけた。ヨヨに覚えがあるか聞こうと思ったのに、なぜか発音できなかったもの。

 あれは、なんだったのだろうか。

 思い出そうとしても、浮かんでこない。

 一回見聞きしたものは、絶対に忘れないのに。

 鈴の音がリンと鳴ったような、美しい響きのある名前だった。


「お嬢さん、どうかしたのかい?」

「あ──いや、なんでもない」


 フォースターが手を差し出したので、エルは握り返す。


「ジルベール・ド・フォースター、汝の人生に光あれ」

「!」


 フォースターは目を見開き、ハッとなる。


「お嬢さん、君は──!」

「さようなら、フォースターさん」


 そう言って、エルは長いしっぽ亭のドアを引く。

 フォースターとはそのまま別れることとなった。


 長いしっぽ亭の店内は一面棚で、そこにぬいぐるみがちょこんと座っていた。

 どれも愛らしいぬいぐるみだが、瞳が本物の生き物ようでドキンと高鳴る。


「らっしゃい!!」


 店の奥から出てきたのは──額に傷がある、いかつい顔をした中年親父だった。

 目はぎょろりと大きく、髪をすべて剃った頭に、なぜかねじった布を巻いていた。

 傭兵のように盛り上がった腕の筋肉は、エルの太ももよりも太い。

 愛らしいぬいぐるみと、店主は別世界の住人である。

 店の奥に武器屋でもあるのだろうか。エルは混乱していた。


「あ、あの、わたし……」

「第百号、うさぎ型の主人だな?」

「え?」

「二年前の春に、うさぎのぬいぐるみを受け取っただろう?」

「はい。でも、なんでわかったの?」

「気配でわかる」


 それはいったい、どういうことなのだろうか。

 エルは魔法鞄から、うさぎのぬいぐるみを取り出した。

 その瞬間、厳つい店主の目がくわっと見開いた。


「なんと!! 名づけをしておらぬのか!?」

「名づけ?」

「そうだ。普通、愛らしいぬいぐるみには、名前を付けるだろうが!」

「そうなんだ」


 エルはただのうさぎのぬいぐるみ、と呼んでいた。普通の子どもは、ぬいぐるみにも名前を付けるらしい。


「でも、名前ってどうしても必要なの?」

「これは、普通のぬいぐるみではない。人工精霊だ」

「人工、精霊?」

「ぬいぐるみの体内に魔石を埋め込み、送り主の魔力を込める。そして、名づけをした瞬間、契約が完了する。生を得たぬいぐるみは、契約者の話し相手となったり、遊び相手となったりするのだ」

「父さん、そんなこと、一言も……」

「話を聞いてなかったのだろうな」


 ここで、エルはハッとなる。目的は、父フーゴの情報を聞き出すことだったのだ。


「あ、あの、このぬいぐるみを受け取りに来た男の人を、覚えてる?」

「ふむ、覚えておるぞ。背が高く、金の髪に、タレ目でヘラヘラしていた落ち着きない男だな?」

「そう!」


 間違いなく、フーゴである。

 行方不明となり、現在行方を捜している最中であるとエルは訴えた。


「それで、最近ここに来たり、見かけたりしていない?」

「いや、あの男は、商品を受け取った以外に来てもいないし、見かけてもいない」


 その言葉を聞いて、エルは落胆する。ここは五年から十年に一度商品を受け取れる店である。そんなに頻繁に行き来できる店ではない。

 ただ、フーゴは特徴的な男で、他の店にも行っている可能性がある。

 他の店を当たろう。そう思っていたら、店主に引き止められた。


「おい、せっかくだから、ここで契約していけ」


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