少女は紳士と別れて長いしっぽ亭に行く
「ああ、よかったね。営業中だ。ここは不定休で、一ヵ月毎日通っても開いていない時もあってね。お嬢さんはツイている」
「そうなんだ」
普通の商店では『営業中』の札がかかっているのに、長いしっぽ亭は『お招きします』という札がドアノブにかかっている。変わった営業体制だったり、顔なじみにしか商品を売らなかったりと、変わった店のようだ。
「さあ、今度こそお別れだね」
「フォースターさん、ありがとう」
「こちらこそ、ありがとう。気持ちが沈んでいる中、君に出会えて、話ができて嬉しかったよ。でも、ああ、本当にお嬢さんが心配だ。このまま見守って、家に連れて帰りたい」
「それ、誘拐だから」
「はは、その通りだよ」
フォースターはエルの頭を撫でて言った。
「名も知らぬお嬢さん。汝の人生に、光あれ」
「!」
ドキンと胸が高鳴る。その言葉は、モーリッツがいまわの時に言った言葉であった。
「そ、それ、何?」
「何って、大精霊セレスデーテの祝福の言葉だよ」
「大精霊、セレスデーテ?」
「ああ。この王国の、守護大精霊だ」
「そう、なんだ」
──汝の人生に光りあれ
それは、大精霊セレスデーテに祈りを捧げることによって、相手に祝福を授けるものらしい。
「祝福といっても、大精霊セレスデーテが直接くれるものではなく、使用者の魔力を消費して祝福へ変換する魔法だから、軽い気持ちで使ってはいけないよ。その昔、とある神父が祝福を人々に無償で与え、魔力が尽きて亡くなってしまった事件もあるんだ」
「そう、なんだ」
モーリッツの言葉は、エルを祝福するものだったのだ。
胸が、じんわりと温かくなる。
モーリッツの魔力が欠片となって、エルの中にあるのだ。
しかし、ふと思い出す。
モーリッツはエルに、聞き覚えのない名前で呼びかけた。ヨヨに覚えがあるか聞こうと思ったのに、なぜか発音できなかったもの。
あれは、なんだったのだろうか。
思い出そうとしても、浮かんでこない。
一回見聞きしたものは、絶対に忘れないのに。
鈴の音がリンと鳴ったような、美しい響きのある名前だった。
「お嬢さん、どうかしたのかい?」
「あ──いや、なんでもない」
フォースターが手を差し出したので、エルは握り返す。
「ジルベール・ド・フォースター、汝の人生に光あれ」
「!」
フォースターは目を見開き、ハッとなる。
「お嬢さん、君は──!」
「さようなら、フォースターさん」
そう言って、エルは長いしっぽ亭のドアを引く。
フォースターとはそのまま別れることとなった。
長いしっぽ亭の店内は一面棚で、そこにぬいぐるみがちょこんと座っていた。
どれも愛らしいぬいぐるみだが、瞳が本物の生き物ようでドキンと高鳴る。
「らっしゃい!!」
店の奥から出てきたのは──額に傷がある、厳つい顔をした中年親父だった。
目はぎょろりと大きく、髪をすべて剃った頭に、なぜかねじった布を巻いていた。
傭兵のように盛り上がった腕の筋肉は、エルの太ももよりも太い。
愛らしいぬいぐるみと、店主は別世界の住人である。
店の奥に武器屋でもあるのだろうか。エルは混乱していた。
「あ、あの、わたし……」
「第百号、うさぎ型の主人だな?」
「え?」
「二年前の春に、うさぎのぬいぐるみを受け取っただろう?」
「はい。でも、なんでわかったの?」
「気配でわかる」
それはいったい、どういうことなのだろうか。
エルは魔法鞄から、うさぎのぬいぐるみを取り出した。
その瞬間、厳つい店主の目がくわっと見開いた。
「なんと!! 名づけをしておらぬのか!?」
「名づけ?」
「そうだ。普通、愛らしいぬいぐるみには、名前を付けるだろうが!」
「そうなんだ」
エルはただのうさぎのぬいぐるみ、と呼んでいた。普通の子どもは、ぬいぐるみにも名前を付けるらしい。
「でも、名前ってどうしても必要なの?」
「これは、普通のぬいぐるみではない。人工精霊だ」
「人工、精霊?」
「ぬいぐるみの体内に魔石を埋め込み、送り主の魔力を込める。そして、名づけをした瞬間、契約が完了する。生を得たぬいぐるみは、契約者の話し相手となったり、遊び相手となったりするのだ」
「父さん、そんなこと、一言も……」
「話を聞いてなかったのだろうな」
ここで、エルはハッとなる。目的は、父フーゴの情報を聞き出すことだったのだ。
「あ、あの、このぬいぐるみを受け取りに来た男の人を、覚えてる?」
「ふむ、覚えておるぞ。背が高く、金の髪に、タレ目でヘラヘラしていた落ち着きない男だな?」
「そう!」
間違いなく、フーゴである。
行方不明となり、現在行方を捜している最中であるとエルは訴えた。
「それで、最近ここに来たり、見かけたりしていない?」
「いや、あの男は、商品を受け取った以外に来てもいないし、見かけてもいない」
その言葉を聞いて、エルは落胆する。ここは五年から十年に一度商品を受け取れる店である。そんなに頻繁に行き来できる店ではない。
ただ、フーゴは特徴的な男で、他の店にも行っている可能性がある。
他の店を当たろう。そう思っていたら、店主に引き止められた。
「おい、せっかくだから、ここで契約していけ」




