少女と猫は王都に辿り着く
馬車は検閲を受けることなく、街中へと入っていった。
城砦の入り口には、ズラリと列を成していたので驚く。
「入り口では、何を調べていたの? わたしは、いいの?」
「あれは異国からの移民だよ。先代が禁じていた受け入れを、最近許可するようになって、あのように王都に流れているんだ」
「そうなんだ」
城砦の列に気を取られていたのも一瞬である。エルは王都の様子に、目を奪われた。
道を走っているのは、自動運転をする車だ。
形状は馬車そっくり。馬がいない代わりに、運転席がある。人が操作して、動いているようだ。
幌がかかった運転席と助手席は剥き出しの物もあれば、扉が付いた箱型の物もあった。
「わっ、すごい。あんなの、初めて見た」
「あれは、魔石車だよ。王都にだけ、魔石車専用の道路がある。まだ、王都外で乗ることは禁じられているがな。その筋の者の話では、ここ十年ほどで一気に普及するだろうと」
「馬車が、いなくなるってこと?」
「そうだろうね。私は、あまり好きではないがな」
「どうして?」
「魔石車を支援しているのが、反国王派だからだよ」
「ふうん」
「それに、年寄りは新しい物はなかなか受け入れ難いのさ」
「大変だね」
最近発明された物で、若い貴族を中心に流行っているらしい。
「それに、魔石車が普及したせいで、魔石不足にもなっているんだ」
「燃料である魔石を、貴族が買い占めているの?」
「そうだよ。魔石車に乗っている奴は、礼儀がなっていない」
加えて、魔石を使った際に出る排気ガスが、王都の空を濁らせているらしい。気管支に違和感を持つ者も増えているようで、社会的な問題にもなっているようだ。
「昔に比べて、魔石技士が減っている。逆に、魔技巧士は増えているのだよ」
「魔技巧士って?」
「魔石を使った魔道具を発明する技士のことさ」
「へえ、そんな職業があるんだ」
魔石を燃料とした発明品を作るのは、モーリッツが得意だった。
エルが考えた品を、あっという間に作ってくれた。魔石ポットはエルとモーリッツの合作である。
「魔技巧士の作る発明品は、貴族が高値で買うのだよ。王都は魔技巧士の工房区ができて、中には貴族より裕福な暮らしをしている者もいるんだ。ほら、ちょうどここの通りが魔技巧士の工房通りだよ」
二階建てや三階建ての煉瓦の家が続いている。看板が下がっている家もあり、工房兼店舗として使っている魔技巧士もいるようだ。
通りを歩いているのは、ドレスやフロックコートを纏った貴族らしき男女と、魔法使いの外套を纏った魔技巧士らしき男女。
馬車の窓から工房内を覗き込むと、見たことがない不思議な道具が並んでいるのが見えた。
「お嬢さん、ここには近づかないほうがいいよ。魔技巧士は、皆、守銭奴だから」
「うん」
この辺りは王都の一等地である。魔技巧士という職業はかなり実入りがいいようだ。
「と、そろそろお別れだ」
「そうだね」
中央街の回転道路に下ろされる。エルはヨヨと共に、王都の街に降り立った。
回転道路の真ん中には、大きな時計塔がそびえている。先端が見えないほど大きい。
背後を振り向くと、白亜の王城があった。童話に出てくるような、美しい城である。
魔石車が走っているからか、空気はよくない。なんだか、喉が乾燥している気がして咳き込む。すると、フォースターが缶に入ったのど飴をくれた。
「王都にいたら、これが手放せなくなる。私はいくつも持っているから、これは君にあげよう」
「ありがとう」
フォースターに借りは作りたくなかったが、王都の空気は森育ちのエルには辛いものだった。ありがたく受け取っておく。
「お嬢さん、まず、どこに行くんだね?」
「……」
「ここでお別れなんだ。案内くらい、させてくれ」
左右上下、分かれた道はたくさんある。人は忙しなく行き交い、話しかけても立ち止まってくれそうにない。
だったら、フォースターの好意を受け取って、道案内をしてもらったほうがいいのではないか、と思い始める。
ヨヨをチラリと見たら、頷いていた。ヨヨは人の悪意を感じ取ることができる。フォースターは好意から言ってくれていることは、間違いないようだ。
「長いしっぽ亭」
「おお。それならば、私の家の帰り道にある店だ。案内しよう」
フォースターが手を差し出す。エルは一瞬ためらったが、周囲を歩く人々が高波のように思えて恐ろしかった。
ありがたく、フォースターの手を握ることにした。
石畳の街を、エルは歩いていく。
「長いしっぽ亭は、会員制の店でね。私も、娘にぬいぐるみを贈ろうと頼みに行ったのだが、十年後だと言われてねえ。十歳ともなったら、ぬいぐるみを贈っても、喜ばなかったんだよ」
「フォースターさん、可哀想」
「そうだろう? ぬいぐるみはずっと、箱の中に保管されていたらしい」
「ぬいぐるみも、可哀想」
「しかしだね。子どもを産んだ娘は、私の贈ったぬいぐるみを元に、作りなおした物を孫娘に渡したらしい。作り直すのに十年かかったようだが、喜んでいたと話していたよ」
「だったらよかった」
話をしているうちに、貴族御用達の商品を扱う商店街に出てきた。
店から突き出たガラス張りのショーケースに、エルは圧倒される。
宝飾類にドレス、磁器など、品物を眺めるだけでも愉快な気持ちになった。
そんな中で、赤煉瓦に白い屋根の可愛らしい店に辿り着く。ここが、ぬいぐるみ専門店『長いしっぽ亭』のようだ。




