少女は紳士の甘言を聞く
「国が変わったのは、先代の国王が崩御した時だった」
フォースターは苦虫をかみつぶしたような表情で話す。
「即位した国王陛下は、それはそれは厳しく躾られていた。将来名君と呼ばれるために、周囲は期待を込めていたからだろう。しかし、それが即位後は鬱憤となって発散された」
最初にしたことは、先代の国王がもっとも信頼していた口うるさい宮廷魔法使いを降格させ、若く美しい女性魔法使いを据えた。
「彼女は今も宮廷魔法使いの首席に就いているのだが、十数年経っても美しさが衰えぬ、気味が悪い女なのだ」
「なぜ、美しさが衰えないの?」
「さあな。若い娘の血肉を啜っているという噂もある」
「……」
「宮廷魔法使い首席の権力を手にした女は、国の予算を好き勝手に使い、宝庫の一つを空にしていたのだ。それが明らかとなったのはごく最近で。情けない話だ」
エルは同意せず、ただただ黙って話を聞いていた。
フォースターはきっと、エルが十二歳の少女だからこうして国の内情を喋っているのだろう。
どうすればいいのかと、意見を欲しているわけでもない。長年抱えていた辛い心情を、我慢できずに吐露しているのだ。
「もっとも罪深いことは──国王に娘を嫁がせてしまったことだ」
「黒斑病で亡くなった王妃様は、フォースターさんの娘だったの?」
「ああ」
当時、王妃だった女性には婚約者がいた。騎士をしていた幼馴染みで、昔から仲睦まじく、幸せな二人を引き裂いたのがフォースターだった。
だから、先ほど王妃が亡くなった話をするさい、泣きそうになっていたのだ。
「私は、目の前の利益に目が眩んでいたのだ。国王に娘を求められ、結んでいた婚約を破棄し、娘を献上してしまった」
「私はもう一つ、罪を犯してしまった。これは何がなんでも、赦されることではない。この先、国は間違いなく傾くだろう。だから、その時を迎えた時のために、私はいなくなった親友を呼び寄せて、新しい国作りに協力してほしいと思っているのだ」
「新しい王様は、どうするの?」
「国王には、娘がいる。姫君は、生まれる前に告げられた精霊王の予言で、『救国の聖女』だと言われているのだ。だから、姫君は将来――」
「国初めての、女王になる?」
「そうだな……。そう、なってほしいと、願っているよ」
堪えきれなくなったのか、フォースターは一筋の涙を流す。
「すまない。つい、気持ちが昂って……。お嬢さんが、娘に、少し似ていたから、懺悔をするような真似を、してしまったようだ」
こういう時、どういう反応をしていいのかわからない。
エルはじっと、フォースターを見つめるばかりだった。
もうすぐ、王都に着くようだ。木々を抜けた先に、城砦と大きく突き出た王城が見えた。
首都『ポースリンブルー』。父フーゴが、森と行き来していた街である。
「お嬢さんは、王都に頼れる大人はいるのかい?」
「別に、いないけれど」
「だったら、よかったら私と一緒に来ないかい? もちろん、お友達の猫君も一緒だ」
「どうして?」
「それは──」
エルが心配だという。少女が一人で歩くには、少々治安が悪い場所だとも。
「衣食住を保障しよう。必要であれば、侍女も付ける」
「なぜ、出会ったばかりのわたしに、そこまでしてくれるの?」
「わからない。けれど、お嬢さんを保護したいという欲求が、不思議と沸いているのだよ」
先ほど、エルがフォースターの娘に似ていると話していた。最大の理由はその点だろう。
亡くなった娘と、エルを重ねているのだ。
「暴動も起きている。場所によっては、平然と犯罪も発生しているのだよ。一人では、危険だ」
「ヨヨがいる」
「ああ、そうだね。猫君も一緒だ。でも、それだけでは、危険なのだよ」
「……」
保護者がほしいと、エルは思っていた。守ってくれる人がいたら、フーゴ捜しもしやすくなるだろう。
それに、子ども一人で行っても、大人は取り合ってくれない。そういう時、フォースターの存在は都合がいい。
しかし、モーリッツの言葉をエルは思い出す。
──初対面の相手を信用するな。何回も会って、見極めてから、信用しろ。
これまで、モーリッツの教えに従った結果、危険を回避できた。今回も、それに従うことにした。
「わたしは、大丈夫。フォースターさんには、頼らない」
「なぜだい?」
「あなたのことは、信用していないから」
一瞬、ポカンとした表情を見せていたが、フォースターは「ふっ!」と噴き出した。そして、腹を抱えて笑いだす。
「そ、そうだな。私は、怪しい大人だな。君は本当に、賢い子だ」
「あと、お喋りが過ぎる人は、信用できないって、言っていた」
「ははは! その通りだ! 『沈黙は金、雄弁は銀』という異世界の言葉もあるくらいだからな!」
「異世界英雄勇者語録、五巻の二百五ページにある言葉?」
「ページ数は知らないが、五巻らへんに収録されていたな。なぜ、覚えていたのだ?」
「一回読んだものは、忘れないから」
「ほう……。そうか」
フォースターはもう一度、エルに問いかける。
「お嬢さん、本当に、私についてくる気はないか?」
「ない」
「残念だ。地図を正確に描けたり、一度読んだものを忘れなかったり、かなりの才能の持ち主だと思うのだが」
「他の人は、できないことなの?」
「そうだよ。どちらも、天才の所業だ」
「……」
モーリッツが普通にできていたので、珍しいことではないとエルは思っていた。
余計なことをした上に、喋ってしまったようだ。
「安心してくれ。私は、君のことを他人に話したりしないよ」
「もしも喋ったら、あなたが泣いたことを、触れ回るから」
「それは困るな! 実に情けない話だ。この件は、墓場まで持って行くことを約束しよう。これが、契約の証だ」
そう言って、家紋が入った銀の指輪を差しだした。角がある馬の幻獣が描かれている。
「これは、受け取れない」
「受け取らなければ、君の秘密を喋ってしまうかもしれない」
「ずるい」
「そうだよ。大人はずるいんだ」
「……」
渋々と、エルは家紋入りの指輪を受け取った。
「私は、ジルベール・ド・フォースターだ」
「……」
フォースターは本名を名乗ったが、エルは沈黙をつき通す。
「君は、それでいい」
フォースターの言葉に、エルは深く頷いた。




