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少女と猫とお人好しダークエルフの魔石工房  作者: 江本マシメサ
第一部 少女はダークエルフと出会う
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少女は紳士と話をする

「お嬢さん、本当においしかった。ありがとう。これは、心ばかりの礼だ」


 そう言って紳士が懐から取り出したのは、一枚の金貨。これを、エルに差し出したのだ。

 しかし、エルは首を横に振る。


「いらない」

「どうして?」

「おじいさんに、貸しを一つ作りたいから」


 きっぱり答えたら、紳士は笑い始める。何がおかしいのか。エルは首をかしげるばかりだ。


「そうか。賢いな、お嬢さんは。大人に金貨一枚分の貸しを作るとは。なかなか、できることではない」


 紳士の身なりはきちんとしていて、悪い大人には見えない。貸しを作っておいたら、得をする相手だろう。エルはそう確信していて、金貨はいらないと断ったのだ。

 その点をしっかり見抜かれてしまい、恥ずかしくなってしまう。


「しかし、驚いたな。いらないというのは、別の理由かと思っていた」

「この食事に金貨一枚の価値はないと言うと?」

「ああ、そうだな」

「私は食事を提供する職に就いているわけではないから、値段は付けられない」

「なるほどな」


 ひとしきり笑ったあとで、紳士は居住まいを正す。そして、家名を名乗った。


「私はフォースター家の者だ。王都で困ったことがあったら、たずねるといい。家は、その辺の者に聞いたらわかるだろう」


 ずいぶんとザックリした説明である。きっと、王都の中では名だたる人物なのだろう。でないと、こういう説明はできない。


「お嬢さんの名を聞いても?」

「……」


 エルがぎゅっと口を閉ざすと、フォースターと名乗った紳士は再び笑いだす。


「ふむ。若年ながら、実に賢い。正解だよ、お嬢さん。よく知りもしない大人に、名前であっても教えてはならない。悪い大人は、何でも利用する材料にしようとするからね」

「先生が、前に、同じことを言っていた」

「そうなのだよ。その先生は正しい。世の中は、恐ろしいんだ」


 モーリッツの言うことを聞いていたから、エルは王都まで無事にやってくることができた。教わっている時は神経質で、厳しすぎると思っていたが、その教えがエルを守ってくれた。心から、感謝しないといけない。


「お嬢さんの用心深さは、先生に習ったものなのだね。しかし、なんというか、お嬢さん物言いや雰囲気は、私の親友に似ている」

「親友?」

「そうだ。頑固で、口が達者で、驚くほど用心深い。けれど、賢くて、誰よりも慈悲がある男だった」


 フォースターは遠い目をしながら話す。それは、亡き友を懐かしむような、そんな口ぶりだった。


「実を言えば、私はその親友を捜しに出る旅に出ていてね。もう、長い間行方不明で……。いそうな場所すべて捜したが、残念なことに見つけることができなかったのだ」

「どうして、行方不明になったの?」

「私達は、見捨てられてしまったのだよ。もう、愚か者を見たくない、ってね。長い年月が経って、彼の言うことが間違っていなかったと気づいた。当時の私には、何も見えていなかったのだよ」


 何年も経っていたら、捜し出すことなど困難だろう。

 親友の話をし始めた途端、フォースターのピンと伸びていた背筋が丸くなる。よほど、ショックなのだろう。


「お嬢さんは、王都に移り住むつもりかい?」


 エルが首を横に振ると、ホッとした表情を見せていた。


「用事が終わったら、すぐに出て行ったほうがいいだろう。今、王都は治安が悪い。もうすぐ、内乱が起こる。かならず、ね」

「なぜ?」

「王族と、王族に不満を持つ貴族と市民が団結して、王都内の勢力が二つに分かれている。その争いは、次第に大きくなっていくだろう。王妃が生きている間は──」


 フォースターは一度言葉を切り、黙り込む。目頭を押さえ、涙を堪えているように見えた。


「大丈夫?」

「あ、ああ。すまないね。王妃の存在があって、なんとか均衡を取っていたのだが……」


 国王派と、反国王派の緩衝材となっていたのが、王妃だったようだ。その王妃は、一年前に亡くなってしまったらしい。


「黒斑病だった。地方で慈善活動していた王妃様は、感染してしまったのだよ。本当に、本当に無念だった。幸いと言うべきか、村ごと焼いて、感染拡大を防いだが……」

「で、でも、黒斑病は大昔にも流行って、その時に治療法が見つかったと」

「ああ、そうなんだ。治療法はあったのに、国内では失われていたんだ」

「どうして?」

「国王に反する存在が作った物だったからだよ」

「!」


 モーリッツは喧嘩けんかをして、王都から辺境の森へ移り住んだと話していた。

 その喧嘩の相手は国王だったのだ。

 今は、黒斑病の治療法は失われてしまったという。


「だから、黒斑病が流行ったら、村人ごと焼くようにと、国王陛下が命令しているんだ。それを恐れて、黒斑病の患者が出ても隠してしまう」

「なんて、恐ろしいことを」

「それを知った反国王派が、黒斑病の感染を調査する鳥仮面の一団を派遣したのだが、機能しているのかわからない」

「!」


 鳥仮面の一団は、国王が焼き殺すように命じている黒斑病の患者を調査する一団だった。

 彼らは助けるどころか、デタラメな治療で村人から金銭を奪う集団となっている。

 それらの事実を、上層部の人々は知らないのだ。


「フォースターさんは、国王派なんだ」

「まあ、そうだね」

「……」


 エルは迷う。鳥仮面の一団について報告していいのかと。これが、新たな争いの種になる可能性は大いにあった。

 ただ、フォースターに報告しても、彼は国王派だ。根本的な解決にはならない。

 けれど、鳥仮面の一団の悪行はどうしても無視できなかった。


「これから話すことは、あなたの良心に訴えるものなの」

「なんだい?」

「私は、旅の途中で鳥仮面の一団を見た。黒斑病の患者に、デタラメな治療で診察料を請求していた。それから、患者が死ぬ前に村を出て行った」

「なんと! そんなことが起きているとは! どこで、鳥仮面の一団を見たんだ?」


 エルは羽ペンとインク、それから羊皮紙の欠片を取り出し、地図を描く。鳥仮面の一団を見た村に、丸をした。


「ここに、鳥仮面の一団と黒斑病の患者が?」

「鳥仮面の一団はもういない。黒斑病の患者も、治ったから」

「治ったとは、どういうことなんだ?」

「魔法使いの老婆がやってきて、黒斑病を治した」

「なんだと!?」


 魔法使いの老婆は、エルのことである。村長や老夫婦には、絶対に口外しないよう口止めしていた。

 だから、もしも調査に立ち入っても、正体がバレることはない。


 抗生物質の作り方を知っていると、今ここで言わないほうがいい気がしていた。

 なぜかはわからないが、直感でそうしたほうがいいと訴えていたのだ。


「一回、調査する者を派遣しよう」

「……」


 少々喋り過ぎてしまったか。エルの心にモヤモヤが生まれる。

 だが、鳥仮面の一団を野放しにすることはできなかった。


「お嬢さん、話してくれて、ありがとう。老婆の存在は気になるが、とりあえず鳥仮面の一団について、調査することを約束しよう」

「うん」


 願わくは、鳥仮面の一団の悪行が裁かれますように。そう、祈るばかりだ。


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