少女は父の手がかりを探しに行く
王都近くの港町は、たくさんの人で賑わっていた。
商人が行き交い、社交期で王都に来た貴族が集まり、人という人でごった返している。
これだけ大勢の人を見るのは初めてなエルは、珍しく浮かれていた。
「あ、すごい、獣人だ!」
船から降ろされた荷物を運ぶのは、筋骨隆々の狼獣人である。
ふさふさの茶色い毛に、黒い目、上半身は裸で下半身にはズボンを穿いている。
厚い皮膚と毛皮に覆われているからか、靴は履いていなかった。
到底人が持ち上げることなど不可能であろう、酒の入った樽を軽々と運んでいる。
獣人など、物語の世界の住人だと思っていた。エルは感動していたが、瞬時にその気持ちが引いていく。
商人らしき男がやってきて、手にしていた鞭で地面を叩いた。
「おら! さっさと運べ」
「ウウ……」
「なんだあ、その反抗的な目は! こうしてやる!」
そう叫び、鞭で獣人の背中を叩いた。
「ウッ!!」
叩かれても、獣人は反抗しない。否、できないのだろう。
首輪が巻かれていることに気づく。商人が鞭で叩くたびに、淡く光っていた。
本で見たことがあったので、ピンとくる。
「あれは、従属の首輪?」
『みたいだね』
「なんて、酷いことを」
周囲を見たら、従属の首輪を付けた獣人が他にもいた。
獣人だけでなく、従属の首輪を付けた人もいる。
従属の首輪を付けると、使用者に逆らえなくなる。通常は、獰猛な魔物使いが使用する魔道具であるはずだった。
それがこのように使われているなんて、エルは信じられない気持ちとなる。
「どうして、こんなことが……」
『エル、あれ』
ヨヨがさし示したほうを見ると、獣人の子どもが入った檻が荷車で運ばれていた。
商人らしき男達が金銭のやり取りを行い、檻を受け取る。
「人身売買だ」
『みたいだね』
同じような檻が、どんどん船から運ばれてくる。
当たり前のように、人の命が金と引き換えに取り引きされていた。
「なんで? どうして? 命は、お金で買えないのに……」
『エル、行こう。気にするだけ、無駄なんだ』
「でも……」
『エル、行くよ』
「うん」
エルは人身売買を見ない振りして、トボトボと進んでいった。
◇◇◇
最初に訪れたのは、雑貨屋だ。いつも、フーゴが港町の雑貨屋で土産を買ったと言っていたのだ。
雑貨屋と一言でいっても、商店通りには数軒あった。
エルはフーゴから十歳の誕生日に貰った、ウサギのぬいぐるみを取り出して話を聞く。
一軒目は、貴族向けの品物を揃えた雑貨屋である。
白で統一された棚に化粧品から茶器まで、なんでも置かれていた。
「あの、すみません」
店主は老婆だった。エルの身なりを見て顔を顰める。
エルは気にせずに、話を続けた。
「このうさぎのぬいぐるみ、ここのお店で売っている品物?」
「さあね。同じようなぬいぐるみは、山のようにあるからさ」
「……」
子ども相手には、まともに取り合わないようだ。
じっと老婆を見る。直感だが、老婆はただの業突く張りの商人には見えない。
エルは勝負に出ることにした。銀貨を一枚差し出す。
「これあげるから、いくつか情報を教えて」
「お嬢ちゃん、何が聞きたいんだい?」
老婆の手のひらの返しようは鮮やかだった。銀貨を手渡すと、ニコニコと笑顔を浮かべる。
「このうさぎのぬいぐるみについて知りたいのだけれど」
「そのぬいぐるみは、ここの店じゃ取り扱ってない品だよ。足の裏を見てみ。製造番号が振られているだろう?」
「本当だ」
「それはねえ、王都にある『長いしっぽ亭』のフルオーダーの高級ぬいぐるみだ。お嬢ちゃん、それをどこで手に入れたのかい?」
「……」
エルの情報を老婆に与えるつもりはないので、黙り込む。
「おやおや、可愛くない子だねえ」
「きちんとお金をあげたから、情報だけ喋って」
「はあ。本当に……いいや、なんでもない。わかったよ」
「他に、知っていることは?」
「そのぬいぐるみを売る店は、一見さんお断り。常連の紹介がなければ買えないんだ。人気があって、五年待ちが普通だよ」
「よく、中古で販売されているの?」
「いいや、ありえないねえ。非常に希少なぬいぐるみで、本当に限られた上流階級の娘しか持てないから、売りに出されることはありえない。もしも、質屋などで売り出されているとしたら、それは盗品か偽物だ」
「これが本物か偽物か、わかる?」
「どれ、貸してみな」
老婆は鑑定ルーペを取り出し、うさぎのぬいぐるみを見る。
「あんた、本当にこれはどこで入手したんだい?」
「さあ」
エルのつれない返答に、老婆は溜め息をつく。
「それで、どうだったの?」
「これは、本物さ。しかも、十年に一度作られる、とっておきの逸品だよ」
「そうなんだ」
「自分の身が可愛かったら、このぬいぐるみは他人に見せないほうがいい」
「そうだね」
銀貨一枚払った甲斐があった。これ以上ない情報を得ることができた。
エルの勘は正しかったのだ。
「口止め料、いる?」
「銀貨一枚ももらったからねえ。口止め料も含まれていたことにするよ」
「ありがとう」
老婆はひらひらと、手を振ってエルを追いだそうとする。
エルは店から出て、扉の外から会釈した。
父親からもらったぬいぐるみは、港町の雑貨屋で買った品ではなかった。
説明が面倒になって、適当に言ったのか。
フーゴはいつも、金がないと言っていた。それなのに、どうして高価なぬいぐるみを買うことができたのか。
わからないことだらけであったが、フーゴに近づくヒントを得ることができた。
エルは王都を目指すことにする。




