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少女と猫とお人好しダークエルフの魔石工房  作者: 江本マシメサ
第一部 少女はダークエルフと出会う
22/165

少女は決意を固め、氷山を──

「な、なんてことだ……!」

「あ、あんなに近くに、氷山が……!」


 航海士らは呆然ぼうぜんとしている。眼鏡をかけた若い航海士だけが振り返り、エルに詰めよってきた。


「おい、お前!! あれは、お前が魔法で見せた、デタラメの幻なんかじゃないのか!?」


 エルの外套に手を伸ばす。胸倉を掴まれると思ったが、船員が間に入って守ってくれた。


「デタラメなんかじゃありません! きちんと、望遠鏡で確認してください」

「しかし、あんな大きな氷山に、気づかないわけ──」

「おい、その船員の言う通りだ。しっかり見てみろ!」

「確かに、氷山があるぞ!」


 暴走しかけた眼鏡をかけた航海士を止めたのは、同じ航海士だった。


「航海士は、己の目で見たものだけを信じ、船を導く仕事だ!! お前の目は、節穴なのか!?」

「……」

「急げ! 船長に報告だ!」


 氷山を避けるために船員が動き始める。今から回避行動を始めても間に合うか、わからない。

 今はただただ、祈るしかなかった。


 乗客も、氷山に気づき始める。

 小型船で避難させてくれと懇願する者や、混乱状態となり叫ぶもの、迷子になった我が子を捜す者と、甲板は騒がしい。


 エルとヨヨは騒ぎに巻き込まれないよう、樽の陰に身を隠す。


 進行方向を逸らすために、船員が帆を下ろしている。

 氷山に近づくにつれ、流氷が増えているようだ、進むごとにごつごつとぶつかり、船に大なり小なりの衝撃を与えている。


 一回目よりも大きな流氷にぶつかり、船が傾く。海水が甲板まで跳ね上がり、乗客の体を濡らしていた。

 船員は乗客に部屋で待機するように指示していたが、その声も届かないほどの大騒ぎとなっていた。


「シャーロットは大丈夫かな」

『お父さんとお兄さんがいるから、大丈夫だよ、きっと』

「うん、そうだよね」


 進行方向にあった氷山だったが、だんだんと逸れていく。方向転換がうまくいっているのだろう。


 事態はいい方向へと進んでいる。それなのに、乗客の精神状態も悪化していた。

 僅かな変化に気づく余裕がないのだろう。

 悲観した結果、反対側の海に飛び込もうとした老紳士を、船員が引き止める。

 流氷が浮かぶ海に身を投げるなど、自殺行為だ。


 船員は乗客にも、目を光らせていた。


「危ないっ!」


 船員の声を聞いた瞬間、船が大きく傾いた。ドーン! と大きな音を立て、氷山がある方向へ傾く。

 再び、大きな流氷にぶつかってしまった。

 さらに、風の向きも変わった。追い風から、横凪ぎの風に変わってしまう。そのせいで進行方向がもとに戻った。

 船は氷山に向かって進み始める。


 どんどん、どんどん船は加速する。

 風の力を受けて、速度を上げていっていた。


「うわああああああ!」

「きゃああああああ!」


 もう、氷山は目の前に迫っていた。


『ええ~~、なんで!?』

「もう、船の操縦では間に合わない!」


 エルは瞬時に覚悟を決め、嵐の魔石を取り出した。


『エ、エル、そ、それは』

「船の向きを変えるには、これしかない」

『でも、失敗したら』

「あとは氷山にぶつかって死ぬだけ!」


 エルは魔石の表面にある呪文を指先で擦り、氷山に向かって嵐の魔石を投げた。

 氷山の前に嵐が巻き起こり、船体を大きく揺らす。


「ううっ!」

『ぎゃあ!』


 エルは船の縁に捕まり、激しい揺れに耐える。船体は右に、左にと大きく揺れていた。

 船が進みたい方向とは逆に回り込み、今度は風の魔石をいくつも投げた。

 船は嵐と風を受け、方向を変えていく。

 今度は船尾に回って、風の魔石を投げる。人工的に追い風を作った。


 船は少しずつ、方向を変えていった。

 氷山を除け、何もないほうへと進んでいく。


 エルは風の魔石を投げ、追い風を作り続けた。

 そして──船は氷山の横を通過する。


 何時間、奔走していたかわからない。けれど、空が白み始めていた。

 船尾をぼんやり眺めていると、地平線から太陽の光が差し込み始める。


 甲板の中心部からは、乗客の歓声が聞こえた。

 船長と航海士を絶賛する声も聞こえる。


 エルはヨヨと共に、歓声を耳にしていた。


「よかった。本当に、よかった」

『君が、この船を救ったんだ』

「うん」


 ただ、エルが救ったことは、ヨヨしか知らない。

 そんなことなど、今のエルにとってはどうでもよかった。


 エルはヨロヨロとよろけながら部屋に戻り、布団の上に倒れ込む。

 船が港に到着するまで、眠ってしまった。


 ◇◇◇


 三日目、船は王都近くの港に到着した。

 船から下りてきたエルを、駆けてきたシャーロットが抱きしめる。


「エル! よかった! 無事だったのね!」

「シャーロットも」

「ええ。わたくしは平気よ。でも、あなたはずっと一人だったでしょう?」

「ううん、ヨヨがいたから」


 エルの足元で、ヨヨが『みゃーご』と猫の鳴きまねをする。


「大変な目に遭ったわね」

「本当に」

「わたくし、もうダメかと思ったわ」

「わたしも」


 けれど、なんとか助かった。魔石を大量に消費してしまったが、命には代えられない。

 たくさん作っていてよかったと、心から思った。


「エルは、王都に行くのよね? わたくし達と、一緒に行かない? 使用人がお母様と一緒に、馬車で迎えに来ているの」

「わたしは、いい、かな」

「どうして?」


 家族水入らずの中に入るのは、悪い気がした。シャーロットは気にしなくてもいいと言ったが、エルには耐えきれないだろう。


「家族がいるシャーロットが羨ましくなるから」

「そ、そう。ごめんなさいね」

「ううん。わたしこそ、ごめんなさい。せっかく、誘ってくれたのに」


 仲良くしてくれてありがとう。エルはシャーロットに深々と頭を下げた。


「エル……王都でも、逢えるわよね?」

「どうかな?」


 王都に父フーゴがいないのならば、他の場所を捜しに行くだろう。ずっと、居続けるかはエルにもわからない。


「わたくし、王都にタウンハウスがあるの。社交期の間は、ずっといるから。シャモワ通りの三番地。緑色の屋根に赤煉瓦の家よ。シャーロットの友達と言ったら、わたくしの部屋に通してくれるよう頼んでおくから」

「友達?」

「ええ。わたくしとエルは、お友達よ」


 シャーロットは、エルの友達だった。その言葉は、胸にじんと響く。


「王都を出る時は、ぜったいにわたくしの家に立ち寄って。そうでなくても、困ったことがあったら、わたくしを頼っていいから」

「ありがとう」

「絶対よ」

「うん、絶対」


 手と手を握り、シャーロットと約束を交わす。


「今度こそ、一緒にパンを買いにいきましょう」

「行こう。おいしいパン屋を、探しておくから」

「楽しみにしているわ」


 その会話を最後に、エルはシャーロットと別れる。


『エル、よかったの? 一緒の馬車に乗ったら、王都はすぐだったのに』

「うん。でも、港町でも父さんについて調べたいから」

『そっか』


 フーゴ捜しの旅への一歩を踏み出そうとした瞬間、再び声をかけられた。


「お嬢ちゃん!」


 振り返った先にいたのは、エルに手を貸してくれた船員と、眼鏡をかけた若い航海士だった。


「よかった。怪我もなく、無事で」

「あなたこそ」


 混乱する船内で、人に押されて転倒したり、海水で濡れた床で滑って床にぶつかったりと、怪我人が五十名以上いたらしい。船員はエルの無事を喜んでいた。

 航海士のほうは、ぶすっとした様子で話しかけてくる。


「その、悪かったなと」

「え?」

「氷山があると言っていたのに、信じなくて、悪かった」

「ああ」


 もう、終わったことだ。気にしていない。そう返したのに、航海士の機嫌はよくならない。


「借りは返す。覚えておけ」

「はあ」


 一方的に言って、航海士は去って行った。


「素直じゃなくて、申し訳ない」

「あなたは悪くないよ」

「はは。お嬢ちゃんのほうが大人だ」


 船員はエルに聞いて欲しい決意があるという。


「何?」

「俺、航海士になろうと思って」


 船員は幼いころ、航海士になることを夢見ていたらしい。しかし、資格取得のための金どころか、学ぶ時間すらないので諦めていたという。


「改めて、航海士が働く様子を見て、俺も航海士になりたいって思ったんだ」

「そっか」

「頑張るから」

「うん」


 最後に握手を交わし、船員と別れる。

 今度こそ、フーゴを捜す旅の始まりだ。エルはヨヨと共に、歩み始めた。


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