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少女と猫とお人好しダークエルフの魔石工房  作者: 江本マシメサ
第一部 少女はダークエルフと出会う
20/165

少女と猫は異変を航海士に報告する

 このまま進んだら、氷山にぶつかってしまう。冬の流氷が漂う海に身を投げ出されたら、生存することは難しいだろう。


『エル、船員がこっちにくるよ。氷山について、何か知っているかもしれない』

「う、うん」


 エルたちが立つ船首楼に、望遠鏡を持つ航海士オフィサーがやってきた。

 三角形の襟にスカーフを付けた船員と違い、上等なジャケットに白いシャツを合わせ、ノリの利いたズボンを穿いていた。袖口には、金色のラインが一本入っている。

 きっと、船員の中でも上の地位にいる者だろう。そう確信し、エルは勇気を出して声をかける。


「あ、あの」

「なんだ?」


 眼鏡をかけた若く神経質そうな青年は、不機嫌そうに返事をする。


「忙しいんだ。声をかけないでくれ」


 航海士の青年は望遠鏡を覗き込み、周囲の状況を見ていた。

 エルはその様子を、高鳴る胸を押さえつつ見守る。

 もう一人、船員がやってくる。先ほどまで見回りをしていた者だった。


「ハンス三等航海士サードオフィサー、進路はいかがですか?」

「問題なし。そのまま仕事を続けろ」

「はっ!」


 問題なし、という言葉を聞いて、エルは愕然がくぜんとする。航海士は、氷山に気づいていない。


「あの、もっと、見て!」

「は?」

「進行方向に、何か見えるでしょう?」

「何を言っているのだ?」


 はっきり言わないと、わからないのだろう。エルは叫んだ。


「太陽が沈んだ方向に、氷山があるの!」

「バカな!!」


 そう言いながらも、航海士は望遠鏡を覗く。


「何も、見えないではないか!」

「もっと、ちゃんと見て!」


 航海士は眼鏡をかけている。視力はそこまでよくないのかもしれない。

 エルの中で不安が膨らんでいく。


「氷山など、ないではないか!」

「ある!」

「ない!」

「だったら、そっちの船員が望遠鏡で見て!」

「え?」


 見回りの船員を指差し、エルは懇願こんがんする。

 指差された若い船員は、困った表情を浮かべていた。


「この望遠鏡は、航海士のみ使うことが許されている。そんじょそこらの船員に、使わせるわけにはいかない!」

「でも、あなた、目が悪いんでしょう? だから、氷山が見えない」

「わ、私の視力は、眼鏡で矯正されている! 見えないはずなどない!」

「だったら、他の航海士の仲間に見てもらって」

「今は、私の勤務時間だ。責任を持って、航海に問題がないか、こうして確認している。船が進む先に、障害物などない! 航海士である私が言うのだから、絶対だ!」

「──ッ!」


 わからず屋だと、叫びそうになった。しかし、こういうタイプは言いだしたら聞かないのだろう。

 そういえば、シャーロットが船長と昼食を食べたと話していた。

 シャーロットに事情を話して、船長と直接話をしたほうがいい。

 きびすを返そうとしたエルの腕を航海士が掴む。


「い、痛いっ! な、何をするの?」

「他の者に氷山のことを吹聴ふいちょうするつもりだろう? そんなことをしたら、乗客が不安がる。おい、この娘を、貨物室にでも閉じ込めておけ」

「し、しかし──」

「命令だ」


 そんなことをされたら困る。

 エルは航海士の腕にみついた。


「ぐうっ、クソ!!」


 航海士はエルの後頭部を叩く。


「うっ!!」


 視界がぐらりとゆがみ、意識が遠のいていく。


『エル!! エル!!』


 ヨヨが耳元で叫んでいたが、反応することはできなかった。


 ◇◇◇


「うう……!」

『エル!!』


 真っ暗な部屋でエルは目覚める。後頭部に鈍痛を感じ、起き上がろうとしたらズキンと痛んだ。


『エル、大丈夫?』

「うん。たぶん、平気」

『航海士がエルを殴って失神させたんだ』

「そうなんだ」


 そういえば、航海士が船員に貨物室に閉じ込めておくように言っていたことをエルは思い出す。


「こ、ここは──?」


 そう呟くと光の妖精が発光しだし、当たりを明るく照らした。

 エルが寝ていたのは清潔なシーツが敷かれた寝台で、寝台が二つ重なったものが二台ある船室だった。


『よかったね。貨物室じゃなくて、空いている船室に連れてこられたようだ』

「そう、だったんだ」


 エルの体には、きちんと毛布が被せられていた。航海士はともかくとして、船員は丁重に扱ってくれたようだ。


「そ、そうだ! 船は?」

『ここは窓がないから、わからない。あったとしても、真っ暗だろうね』

「どのくらい意識を失っていた?」

『たぶん、二時間くらいかも』

「!」


 二時間も経っていたら、氷山とはだいぶ距離が近くなっているだろう。急いで、船長に知らせなければならない。

 出入り口は外側から鍵がかかっていた。体当たりしても、開かない。


「誰か! 誰か!」


 叫ぶ声も、船員や乗客に届かなかった。


「どうしよう……このままだったら、氷山にぶつかってしまう」


 扉の前で、力なく座り込んでしまう。

 だが、エルは諦めていなかった。


「炎の魔石で、扉を爆発させたら、脱出できる?」

『エル、それは危ないからダメだよ』

「でも……」

『船が火事になったら元も子もない』

「だったら、嵐の魔石で扉を吹き飛ばすのは?」

『廊下に人がいたら、吹き飛んだ扉に衝突して怪我をしてしまうよ』

「……」


 魔石は威力が大きすぎて、使えない。ならば、どうすればいいのか。

 扉の下には僅かな隙間があることに気づいた。


「ヨヨ、ここ、どうにかして通れない?」

『無理だよ!』


 打つ手はないのか。頭を抱えたエルのそばにやってきたのは、光の妖精。

 チカチカ点滅させながら、エルに話しかけてくる。


『鍵、持ッテクル』

「え?」

『船員、覚エテイル』

『甲板ニ、行ッテクル』


 どうやら、光の妖精は扉の下をくぐり抜けて、外に出ることが可能らしい。

 甲板に出て、船員から鍵を借りてくるという。


「お願いできる?」

『任セテ』

『任セテ』

『任セテ』


 光の妖精は扉の下をするりとくぐり、廊下に出て行った。

 あとは、帰りを待つばかりである。

 エルとヨヨは祈りながら、待つしかない。


 十五分後──光の妖精が戻ってきた。


「痛た、いたたたた、わかった、わかったから」


 船員の声が聞こえる。どうやら、光の妖精は船員を直接部屋まで連れてきたようだ。

 カチャカチャと、鍵が開く音がした。

 扉は開かれ、先ほどの船員と目が合う。


「あなたは……」

「閉じ込めてしまって、すまなかったね」

「いいえ。それよりも!」

「氷山だろう?」


 エルは頷いた。


「俺も、気になっていたんだ。なんだか、いつもより流氷が多いって」

「誰かに言った?」

「いいや、まだだ──」


 船員が言いかけた瞬間、船が大きく揺れた。

 ヨヨは船室をコロコロ転がり、エルは転倒しそうになったが船員が体を支えてくれる。


『ひ、氷山に、ぶつかっちゃった!?』


 ヨヨの言葉に、船員が震えた声で返す。


「いいや、氷山にぶつかっていたら、衝撃はこんなもんじゃない」


 甲板に出て、確認しなければ。エルと船員は、部屋を飛び出し甲板へ上がっていった。


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