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少女と猫とお人好しダークエルフの魔石工房  作者: 江本マシメサ
第一部 少女はダークエルフと出会う
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少女と猫のささやかなる日常

 エルはモーリッツが魔法の力で掘った坑道で、魔鉱石を採掘していた。

 もちろん、一人ではない。

 モーリッツと共に生活する猫の妖精、ヨヨが一緒である。

 彼はいつも、エルを心配してついてきてくれるのだ。

 そんなヨヨは、エルの周囲をウロウロしながら声をかけてくる。


『エル、もう暗くなるから帰ろうよお。おおかみがでるよ。ここ、空気が悪いし、長時間いないほうがいいって』

「うん、あと少し」

『それ、さっきも聞いたよ~』


 ヨヨは小山猫リ・イルベスと呼ばれる妖精で、家猫より一回り大きい。

 世にも珍しい小山猫の特徴は、丸い耳に額に通る白と黒のしま模様があり、首から背中は斑点模様。しま模様の尻尾は太く手足は短い。むくむく太っているように見えるが、ほとんどは毛である。


「ヨヨは先に帰って。わたしはもう少しだけ」

『ええ~、やだよ~、一緒に帰ろうよ~』

「だったらもう少し待って」


 魔鉱石の発掘作業は、繊細な作業である。

 特別な魔石灯で岩肌を照らし、キラリと光る場所に魔鉱石があるのだ。

 発見したら、力を付与させた金槌かなづちたたいて魔鉱石を発掘する。

 魔鉱石を入れるのは、モーリッツから譲ってもらった仕事鞄である。一見して、ごくごく普通の革の肩掛け鞄にしか見えない。

 しかし、これは空間魔法がかけられた『魔法の鞄』なのだ。

 無限に荷物が詰められるというわけではないが、荷馬車いっぱいに積めるような荷物は余裕で収納できる。

 もちろん、重さを感じることはない。

 エルの制作した魔石や貯金、魔法書などの秘密道具は、すべてこの魔法の鞄の中に詰まっていた。


「よし、これくらいでいいかな」

『帰る? 帰るでしょう?』

「うん、帰るよ」

『やったー!』


 ヨヨは跳びはねながら、エルと共に家路に就いた。

 帰宅後は、魔法で作った水で手洗いうがいをする。使う石鹸せっけんは、モーリッツに習った手作り石鹸である。森に自生している野薔薇のばらの香りを封じ込めた、とっておきの一品だ。

 ヨヨは毛足が長い猫なので、森から帰ってきたら手足をきれいに洗い、くしでノミ取りを行う。


『エル、どう?』

「ノミ、ついてない」

『よかったー』


 毛皮に付くノミを気にするヨヨ。繊細な妖精なのだ。

 帰ったら最初に、モーリッツに声をかける。


「先生、ただいま」

「……」


 エルが話しかけても、目を開いてチラリと視線を向けるばかりである。

 すでに、モーリッツは弱りきっていて、喋ることができなくなっていた。

 彼が持つ医学書を片っ端から読みあさった結果、わかったのは老衰ろうすいであることだった。

 食事もほとんど喉を通らず、日に日に弱っていくのを見守ることしかできない。

 せっかく覚えた回復魔法も、まったく役に立たなかった。


「先生、わたし、今日も魔石を作ったの。炎の力を、付与した」


 モーリッツはゆっくりと瞬きするのみ。それ以外、変化はない。ここから何かの感情を読み取ることは至難の業だ。


 いつもモーリッツはエルの魔石を見て、すぐさま鑑定し、値段を付けた。

 モーリッツは優しい師匠ではない。

 はっきりと、「これは質が悪い。銅貨一枚ですら買い取れない」だの、「もっとマシな魔石を作れ」だの、辛辣しんらつな言葉ばかりエルに言っていた。

 あまりにも厳しくて、涙を流す日もあった。

 しかし、それらはエルの強さへ繋がるものでもあった。


 今はもう、魔石を見ても鑑定してくれない。

 自然と、涙が溢れてくる。

 それは、モーリッツに怒られて流す涙よりも、悲しいものだった。


 ◇◇◇


 エルはうつろな目で、夕食の支度をする。

 食事は薄く切ったパンと、野草のスープ、それから干し肉がひと欠片。


『ねえ、エル。君はもっとお肉を食べたほうがいいよ』


 ヨヨがそう助言すると、エルは干し肉を示して見せた。


『そういうお肉じゃなくて、肉汁滴る新鮮なお肉!』

「食べたくない」

『もー!』


 ヨヨが苦手な狩猟をして野ウサギを狩ってきても、エルは保存食にしてしまう。

 モーリッツが食事を満足に取ることができなくなってから、エルはいつも粗食しか口にしない。


『モーリッツだけじゃなくて、君までしおしお・・・・になるからね』

「お父さんが帰ってくるまで、しおしお・・・・にはなれない」

『そうでしょう? だったら、骨付き肉にかぶりつくくらいの食欲を見せてほしいよ』

「今日は無理。これだけしか、食べられない」

『なんぎな人だ』


 ヨヨの言うとおり、エルは難儀な部類の人間であった。生き方が、不器用なのだ。

 人は、食べ物を食べなければ生きていけない。

 分かっているからこそ、エルは食欲が失せていた。


 モーリッツはもう、三日もまともに食事をしていない。

 茶と水しか、口にしないのだ。


 刻々と、モーリッツとの別れの時が迫っていることを感じていた。

 それを考えたら、エルはすべてのことを放棄して、泣き出したくなる。


 唯一の肉親である父フーゴは、一年も帰っていない。

 心のり所だった師匠モーリッツは最期の時を迎えようとしている。


 十二歳の少女が抱えるには、あまりにも辛い現実だ。


 いつもの日課で、ヨヨと共に自宅に父親が帰っていないか見に行く。

 誰もいない。

 今日はフーゴから誕生日にもらったうさぎのぬいぐるみを、モーリッツの家に連れて帰る。


 トボトボ歩いて帰っているうちに、太陽が沈んでいく。一日が終わろうとしていた。

 森の木々の間に、陽光が差し込む。だんだん薄暗くなり、ついには真っ暗になった。

 家の前に辿り着いた瞬間、違和感を覚えた。

 ヨヨもハッとなる。


「先生!」

『モーリッツ!!』


 空気中に溶け込んだモーリッツの魔力が、消えつつあった。

 うさぎのぬいぐるみを放りだして寝室に駆けつけると、モーリッツはまだ生きていた。

 モーリッツから授かった杖を掲げ、話しかける。


「先生、今、大魔法を使うから!」


 リザレクション──回復魔法の最上位である。その力は、死者をも甦らせる強力な魔法であると云われている。エルはモーリッツのために使おうと、必死の思いで習得したのだ。


『エル、魔力の無駄だから止めるんだ!』

「でも!」

『モーリッツは、苦しいんだ。逝かせてやって』

「!」


 生きることは、楽ではない。モーリッツは動かない体を忌まわしく思いながらも、必死に生きてきた。

 それを止める権利は、エルにはない。


 最後に、モーリッツは目を開く。視線の先にあるエルを見て、口の端がわずかに上がった。

 あわく微笑んだように見える。

 エルは布団の中にあった、モーリッツの手を握った。

 その瞬間、モーリッツは掠れる声で囁く。


「エルネスティーネ。汝の、人生に、光……あれ」


 その瞬間、モーリッツははかなくなった。

 エルは泣き叫ぶ。ヨヨは深い溜息を吐いていた。


「先生! 先生! わたしを、一人にしないで!」

『エル、止めるんだ。ゆっくり、寝かせておいてあげて』

「でも! でも! 寂しい……」


 エルがそう言うのと同時に、モーリッツの亡骸なきがらが光り輝く。

 体全体が光の粒となって部屋の中に浮かぶ。

 月明かりが差し込むだけの暗い部屋の中で、それは幻想的に輝いていた。


「こ、これは……!?」

『エル、窓を開けてあげて』

「え?」

『いいから早く!』


 窓を開くと、モーリッツだった光の粒は外に流れていった。あとを追うように、エルは外に出た。

 モーリッツだった光は、月を目指すかのように天へと上がっていく。

 信じがたい光景だった。


『……奇跡だ!』

「ヨヨ、あれは、何?」

『精霊化だよ!』

「精霊化?」

『ああ。選ばれた人間は、精霊化する。天に昇って月の魔力を浴びて、また地上に降り立つんだ!』

「先生に、また会えるってこと?」

『あーうん。同じモーリッツではなくなるかもしれないけれど、会えるよ、きっと』

「そう、なんだ。また、先生に、会えるんだ……!」


 エルの人生に、一筋の光が差し込む。それはまぎれもない、希望でもあった。

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