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少女と猫とお人好しダークエルフの魔石工房  作者: 江本マシメサ
第一部 少女はダークエルフと出会う
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少女と猫は太陽に黒い点を発見する

 夕方、シャーロットがエルの部屋に侍女を連れてやってきた。

 礼として、チョコレートを贈ってくれた。


「これが、チョコレート!」


 本で読み、一度でいいから食べてみたいとエルは思っていたのだ。

 王都へ出稼ぎに行くフーゴに、何度頼んだことか。かならず、忘れて帰ってくるので、今まで一度も食べたことがなかったのだ。


「シャーロット、ありがとう」

「チョコレートくらいで喜ぶなんて」

「本の中では、チョコレートはお姫様の食べ物だと書かれていたから」

「そうなの?」


 シャーロットは侍女を振り返り、話を聞く。


「お嬢様、チョコレートは高価な菓子です。庶民には、なかなか手に入らないかと」

「知らなかったわ」


 さっそく、チョコレートを囲んで茶会を開くことにした。

 エルは魔石ポットで湯を沸かし、茶を淹れる。


「あら、あなた、便利な物を持っているのね」

「魔石ポットのこと?」

「ええ」


 一段目に火の魔石を入れ、二段目に湯を入れて沸かす。シャーロットだけでなく、彼女の侍女も初めてみたようだ。


「どこに行ったら買えるの?」

「これは、わたしの先生が作ったものだから、どこにも売っていないのかも」

「そうなのね。製品化したら、売れそうね」


 シャーロットの父親は地方に工場をいくつも持っているらしい。

 今回の旅も、地方の領地を視察し、新しい工場を建設するための視察にきていたようだ。


「お兄様も行くからわたくしもついてきたけれど、つまらない旅だったわ。近くの村は廃れていて流行り病が蔓延まんえんしているから、早く帰ろうってお父様が」


 どうやら出港時に聞いた領主一家とは、シャーロットの家族のことだったらしい。


「お兄様といったら、おかしいの。パンを買っていったら、自分もパンくらい買えるって部屋を飛び出していって──」


 シャーロットは思い出し笑いを堪えつつ、兄の失敗を語る。


「お金も持たずにパンを買いに行って大撃沈。手ぶらで帰ってきたの。しょんぼりした様子で、お前ってすごいんだなって、初めてわたくしを認めたのよ」

「よかったね」

「あなたのおかげよ。ありがとう」


 シャーロットはエルの手を握り、にっこりと微笑みかける。

 同世代の少女と、このように触れ合ったことがないので、どういう反応をしていいのかわからなかった。

 ただ、イヤではない。握られた手は温かった。


「エル、チョコレート、食べてみて。おいしいから」

「うん」


 四角く型抜きされた一口大のチョコレートを手に取る。

 初めてのチョコレートは、艶があって、甘い匂いが漂っていた。

 いったい、どんな味なのか。ドキドキしながら、口の中に含む。

 チョコレートは舌の上でトロリととろけ、驚くほどなめらか。ハッとするような甘さがあるのに、クドくない。


「すごい。本当に、すごいお菓子!」


 それ以上、言葉にできない。

 選ばれた姫君のみが食べることができるチョコレートは、神がかり的なおいしさだった。

 シャーロットは自らが摘まんでいたチョコレートを、エルの口元へと持って行く。

 唇に押し付けられたチョコレートを、エルはそのまま食べた。


「エル、おいしい?」

「おいしい」


 初めて食べたチョコレートは、想像のはるか上を行くすばらしいものだった。


「ねえ、エル。甲板に出て、夕陽ゆうひを見ましょうよ。とってもきれいなのよ」

「わかった。行こう」


 分厚い外套をまとい、外に出る。侍女とヨヨはシャーロットとエルのあとに続いていた。


 甲板は誰もいなかった。というのも、風が冷たく、強いから。見回りの船乗りしかいない。


 船は太陽が沈む方向を目指して進んでいる。

 先端となる船首楼に移動して、夕陽を眺めることにした。


「さ、寒い!」

「これくらいなら、平気だけれど」


 追い風を受け、船はどんどん進んでいっている。


「風のおかげで、予定よりも早く到着すると、船長が言っていたわ」


 シャーロット一家は、船長と昼食を共にしたらしい。その際に、話を聞いたのだとか。


「きれい……」

「きれいだけれど、寒いわ」


 夕陽は地平線に沈みつつある。もう少ししたら、海面と重なるだろう。


「エル、もう帰りましょうよ」

「あと少しだけ」

「もー!」


 海に沈みゆく夕陽は、今まで見たどの夕陽よりも美しかった。

 しかし、エルはあるものに気づく。


「あれ、何だろう?」

「何かあったの?」

「夕陽に、黒い点が重なって見えるんだけれど」

「黒い点?」


 シャーロットは目を凝らしたが、何も見えないようだった。


「なんだろう、あれ。ねえ、シャーロットには見える?」

「いいえ、わたくしには何も見えないけれど」


 侍女も見えないという。


「ごめん。わたし、もうちょっと夕陽を見ているから、シャーロットは先に帰って」

「ええ、わかったわ」


 手を振って、この場で別れる。


「エル、明日、一緒にパンを買いに行きましょう」

「うん、いいよ」

「約束ね!」

「うん、約束」


 エルは初めて、同じ年頃の少女と約束を交わした。

 じんわりと心が温かくなったが、それに浸っている場合ではなかった。


 シャーロットがいなくなったあと、エルはヨヨを抱き上げて夕陽に重なった黒い点を見てもらう。


「ヨヨ、なんか黒い点が見えるでしょう?」

『あー……うん、あるね』

「あれ、何?」


 船の進行方向にある、黒い点。ヨヨは目を凝らして見つめる。


「魔物、じゃないよね?」

『生き物じゃないよ。動かないし』

「じゃあ、何?」


 エルがヨヨに問いかけた瞬間、ヒュウと音を立てて強い風が吹く。

 寒さに強いエルですら、ぶるりと震えてしまった。


『エル、あれは──』

「ん?」


 珍しく、ヨヨの声が震えていた。


「何?」

『あれは、氷山だ』


 船の進行方向に、氷山があると。

 地平線へと沈みゆく太陽は、暗闇の中に氷山を隠してしまった。


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