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少女と猫とお人好しダークエルフの魔石工房  作者: 江本マシメサ
第一部 少女はダークエルフと出会う
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少女と猫は金髪碧眼の美少女に出会う

 初めての船旅であったが、浮かれている場合ではない。

 いつ、エルに悪意を持ちかける大人が近寄るかわからないからだ。

 なるべく、部屋から出ないようにしておく。


「二階には九十種類もの料理が食べられる大食堂に、焼きたてパンを販売する売店、休憩所では楽団の生演奏が夜の二時間だけあり──」

『エル、ダメだからね』

「わかっている」


 世界各国の料理に強く心引かれ、焼きたてパンにも魅力を感じる。今まで音楽に触れたことがないエルは、どんな曲が演奏されるのか気になった。

 けれど、保護者のいないエルが一人で歩いていたら、不審に思うだろう。

 十二歳の少女の一人旅はありえないのだ。


『まあ、パンを買いにいくくらいなら、いいかもしれないけれど』

「ヨヨ、いいの?」

『パンを買うだけだからね。船の中を大冒険とか、禁止だから』

「わかった」


 エルはすぐさま身支度を調えた。髪は三つ編みにして、フーゴが買ってきてくれた胸に白いリボンが結ばれた生成り色のワンピースに着替える。


 ヨヨと共に、二階にある焼きたてパンを売る売店へ出かけた。

 朝食の時間帯なので、船の中はそこそこ人が歩きまわっていた。

 社交期だからか。身なりのいい恰好をした家族連れが多い。

 祖父らしき老齢の男性と手を繋ぐ少女を見ていると、胸がツキンと痛む。

 モーリッツは精霊化し、魔力の結晶体である月へ登っていった。しばらくしたら、精霊となって地上に降り立つという。

 永遠の別れというわけではない。いつか、逢えるのだ。


 ぐう~っと腹が鳴る。昨日は食事も取らないで眠ってしまったので、空腹状態なのだ。

 二階に下りて、まっすぐ売店を目指した。


「あ、パンが焼けるいい匂い」


 二階に下りた途端、パンが焼ける小麦とバターのいい匂いがした。

 売店は食堂の横にあり、パン以外に焼き菓子や酒、つまみに雑貨なども売っていた。

 食堂の厨房ちゅうぼうと繋がっているらしい扉から、焼きたてパンが運ばれている。三段の棚に、パンが種類ごとに置かれていた。

 細長く、ハードな食感のパンに、十字の切り目が入ったパン、黒麦パンに白い丸パンなど、種類は豊富だ。

 他の客の動きを見て、買い方を調べる。どうやら、自分で好きなパンを取って、精算台へ持って行くようだ。

 エルは焼きたてだという丸パンを四つ買った。おまけにホットミルクが付くというので、魔法鞄からカップを取り出して、注いでもらった。

 ホットミルクはそのまま鞄の中に入れた。モーリッツ特製の高性能の魔法鞄は、液体を入れてもこぼれることがないのだ。


 帰ろうと振り返った瞬間、エルと同じ年頃の少女と目が合う。

 エルが夜の月を思わせる美少女ならば、この少女は真昼の太陽を思わせる美少女だった。

 金髪碧眼へきがんで、レースとフリルがたっぷりあしらわれた絹のドレスをまとっていた。

 こんなに美しい娘を見たのは初めてだったエルは、じっと見つめてしまった。

 ヨヨの『エル、そんなに見つめたら、失礼だよ』という忠告も耳に入っていない。


 金髪碧眼の美少女は、鈴の音が鳴るような美しい声でエルに話しかけてきた。


「ねえ、あなた、使用人? 主人の朝食を買いにきたの?」

「違う。これはわたしの」

「そうなのね」

「あなたも、買いに来たの?」

「ええ、まあ」


 自分の分なのか、自分以外の分なのか、わからない。しかし、彼女がパンの買い方を知らずに、戸惑っていることは見て取れた。


「何か、わからないことがある?」

「ええ。このパンの買い方が、わからなくて」

「あっちにパンを掴むトングとトレーがあるから、それに欲しいパンを取って、精算台に持って行って支払うの」

「へえ、そうなの。面白いわね」


 面白いかどうかエルの感覚ではわからないが、普段買い物をしないであろう貴族令嬢には面白く見えたようだ。


「教えてくださって、ありがとう」


 深々と頭を下げたので、エルも同じように返す。

 なんとなく心配に思ったので、購入できるまで見守ることにした。

 金髪碧眼の美少女はトングとトレーを手に取り、おぼつかない動作で十字が入ったパンを取る。

 精算台へ持って行ったが、売店の精算係相手に首を横に振っている。

 気になったので、近寄ってみた。


「はあ、お金を持っていないだと?」

「後払いはできないの? 四階に泊まっている者なのだけれど」

「できないねえ」


 エルは魔法鞄の中から銅貨を取り出し、精算係へ差し出した。


「お、まいど。お嬢ちゃん、お買い物をする時は、侍女を連れていないとダメだよ」

「え?」


 呆然ぼうぜんとする少女の手を引き、エルは三階に登っていった。


「大丈夫?」

「……」

「ねえ」

「あ! ご、ごめんなさい。まさか、お金がいるなんて思ってもいなかったから、驚いて……」


 話を聞いているうちに、エルは貴族令嬢が主人公の物語を思い出した。買い物は基本侍女を連れ、支払いは直接家に請求される。

 つまり、彼女は現金を持ち歩く必要がない身分の令嬢なのだろう。


「なんで、一人でパンを買いに行ったの?」

「お兄様が、わたくしは一人で何もできないと、馬鹿にしたから」

「そっか。だったら、早くパンを持って帰って見せないと」

「ええ。でも、あなたにお金を借りてしまって」

「いいよ」

「あとで返しにくるわ」

「別に、銅貨一枚だし」

「よくないわ。あとで、部屋に行ってもいい?」

「いいけれど」


 部屋の番号を教えたら、金髪碧眼の美少女は笑顔で頷いた。


「では、またあとで」

「うん」

「あ、名前! わたくし、シャーロットよ」

「わたしはエル」

「それでは、エル、ごきげんよう」


 嵐のような少女だった。

 世界にはいろいろな人がいるのだなと、エルは改めて思う。


 部屋に戻って買ってきたパンを食べようかと魔法鞄から取り出したが、すっかり冷えていた。


「あーあ」

『世話を焼いているから、そうなるんだよ』

「うん。でも、また温めたらいいし」


 鉄の皿と底が浅い鍋を取り出す。皿に魔石を置き、その上に鍋を置いた。

 鍋にパンを並べ、しばらく温める。


「──と、こんなものかな」


 温まったパンを手に取り、木苺きいちごのジャムを塗って食べた。

 皮はパリパリで、中の生地はふっくら。おいしいパンだった。

 冷えてしまったミルクも、鍋に入れて温め直す。

 沸騰する前に、蜂蜜を追加で垂らす。ミルクから漂う湯気を目一杯吸い込み、幸せな気分に浸っていた。

 森の奥地で暮らしていると、乳製品は貴重品扱いだった。ミルクなんて飲めるのは、年に二回あるかわからない。

 ホットミルクが飲めるのは、フーゴが王都から戻ってくる時だけだったのだ。


「おいしい……」


 エルは久しぶりのホットミルクを、まったりしつつ味わった。


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