エルの魔鉱石採掘講座
エルはイングリットと共に、岩肌が露出した崖で魔鉱石を採る作業をしていた。
「いい魔鉱石は、洞窟の深い場所にあるの」
その理由は、洞窟の誕生から語らないといけない。
生物の遺骸が積もりに積もって岩石となる。その塊が地上へ隆起すると、魔力を含んだ雨がどんどん染み込んでいくのだ。
集まった魔力は下に、下にと流れていき、空洞を作る。そこからさらに雨が流れ込み、空洞が広がっていく。その結果、生まれるのが洞窟というわけだ。
深く入れば入るほど、魔力量は高まる。そのため魔鉱石を採る採掘師は、重装備で洞窟の最深部へと挑むのだ。
質のよい魔鉱石が欲しければ、洞窟に深く潜るべし。
それは誰もが知る〝当たり前〟であった。
けれども、妖精が住み処として選んだこの地は、露出した岩肌からも高品質の魔鉱石が採れる。
森に魔力が満ちているからなのだろう。
長年、この地はフォースター公爵家の領地として在った。人の立ち入りを禁じていたために、手つかずの状態で残っていたのだろう。
「お祖父さんに、感謝しなければいけないね」
「フォースター公爵に頭を下げるのは、なんか負けた気がするけれどな」
「本当に」
魔鉱石の採掘は、イングリットとふたりきりで挑む。
かつての相棒だったヨヨは、家に残ってひなたぼっこしていた。
これまで飽きるまで付き合ったからか、誘っても断られてしまったのである。
「ヨヨってば、すぐに帰ろう、帰ろうって言うの」
「どうせ、エルが集中しまくって、何時間と同じ作業をしていたから、心配して言っていたんだろう?」
「それは、そうかもしれない」
魔技巧品を作りだしたら止まらないイングリットと同じく、エルも魔石関係の仕事をしているとついつい熱が入ってしまうのだ。
本日はエルがイングリットに、魔鉱石の採掘方法を教えるためにやってきたのだ。
「採掘師の多くは、魔鉱磁針を使って探しているみたい」
方位磁針みたいな見た目で、魔鉱石のある岩に近づけると反応を示す。
エルも採掘を始めた当初は、モーリッツから譲って貰った魔鉱磁針を使って採っていた。
けれども、ある日魔鉱磁針が壊れてしまった。
エルが住んでいた森は多くの魔力を含む魔鉱石だったため、使用するたびに劣化。ついには反応を示さなくなってしまった。
そんなエルに、モーリッツは魔力で探す方法を教えてくれる。
「そういえば、前に見せてもらったとき、道具もなしにやっていたな」
「そう。こうするの」
エルは実演して見せる。
集中し、自身に流れる魔力の流れを指先に集中する。
その手を岩肌にかざし、魔力を送りこむ。すると、魔鉱石の魔力とエルの魔力が〝共鳴〟するのだ。
「――ここ!」
淡く光って見える部分に鏨を差し込み、金槌で叩く。岩肌から取り除いたものが、魔鉱石と呼ばれる物であった。
「と、こんな感じ。簡単でしょう?」
「いやいや、エルサン。自分の魔力を自在に操って、魔鉱石と共鳴させるとか、私ですら難しいんだけれど」
「魔方式を書いてみせようか?」
「まあ、一応見せてもらおうか」
エルはその辺に落ちてあった石を拾い、地面に魔鉱石を探す術式をさらさらと書き込んでいった。
イングリットはうめき声をあげながら、目で追っている。
「――以上」
「いや、魔方式を見ても無理としか言いようがない」
「イングリット、やる前から諦めるのはよくない」
「エル、時には諦めも肝心なんだ。私はこれを人生の教訓としている」
イングリットは眉間に深い皺を刻みながら、できない理由を語った。
「そもそも、だ。私は魔力の繊細な制御が得意ではない」
「でも、魔法を付与した矢を使っていたでしょう?」
「使っていた。でもあれは、魔法を付与する魔技巧品で作られた矢なんだ」
「え、そうだったの?」
「私が戦闘のたびに、魔法を付与しつつ戦っていると思っていたのか?」
「イングリットは器用だから」
「私が器用なのは、指先だけなんだよ」
エルは「たしかに……」という言葉を喉から出る寸前で呑み込んだ。
「まあ、そんなわけで、エルと同じような作業は難しい」
「うん」
「私が採掘するのは諦めたが、それ以外の方法での採掘は諦めていない」
「どういうこと?」
「さっきエルが話していた魔鉱磁針から、さらに能力を向上させた魔技巧品ならば作れる」
イングリットはエルが描いた魔方式を手帳に書き写し、それを応用して魔鉱石を採掘する魔技巧品の製作をしたいと宣言する。
「さすが、イングリット!」
「そうだろう、そうだろう!」
もしも新たな魔鉱磁針ができたら、誰にでも採掘作業ができるようになるだろう。
宣言通り、イングリットは新たな魔鉱磁針を完成させる。
現在は魔石工房の手伝いを名乗りでた洗熊妖精が魔鉱石の発掘を行っていた。
エルは魔石作りに集中できるようになる。
イングリットはエルが思いつかないような方法で、問題を解決してくれる。
心から尊敬する、相棒であった。