少女は舞台の役者を眺める
「ほう?」
国王陛下は右目を眇め、興味深そうに視線を向けている。
彼は、初めて見るエルの父親である。
双子であるアルネスティーネとエルのどちらかを、殺せと命じた冷徹な人物でもあった。
特に、感慨などない。本当の父親なのに、驚くほどエルは落ち着いていた。
フォースターとジョゼット・ニコルは、ネージュを掴んだまま錬金術師の長の報告に耳を傾けていた。興味深い内容だったからだろう。
「キャロル・レトルラインが、黒斑病の治療薬の創薬に成功したというのか?」
「いえ、彼女は今、魔法騎士に拘束されているようで」
「なぜ、そのような状態になったというのだ?」
「黒斑病の蔓延の原因が、キャロル・レトルラインにあると」
「ありえない。あれは、誰よりも熱心に、黒斑病の研究をしていたのではないか!」
どうやら、国王陛下はキャロルを信頼していたらしい。
もとより、キャロルに育毛剤の作成を頼むほどの関係である。彼女を拘束すると命じた者は知らなかったのだろう。
「早く、解放しろ!!」
「国王陛下、お待ちください」
玉座の背後より、魔法使いの外套を纏った女が出てくる。
漆黒の髪に、赤い目を持つ美しい女だった。年の頃は、二十代半ばくらいか。
おそらく、以前フォースターが話していた宮廷魔法使いの首席なのだろう。確か、魔法騎士の管轄も彼女だ。
モーリッツが去ったあとの、宮廷魔法使いの首席に鎮座した女である。
その美しさは、十数年間もの間衰えないという。
「なぜ、止める!? もしや、キャロルを拘束するように命令したのは、お前なのか?」
「いいえ。キャロル・レトルラインの拘束には関与しておりませんでした。ただ、彼女はおそらく国内でもっとも黒斑病に詳しい者なのです。病気の正体を見抜き、人為的に蔓延させた可能性も否めません」
「バカな!!」
ここで、メイが声をあげる。
「その件でも、一点ご報告がありまして」
「なんだ、話してみよ」
「黒斑病を蔓延させた理由は、下町で販売しているリネンであると確認できました」
銀盆に載せた報告書を、近侍が国王陛下へと運んで行く。アルネスティーネにも、手渡された。
「これは――!」
「魔技巧品の工房を経営する、ジェラルド・ノイマーの仕業です。彼はさまざまなデタラメを街中で広め、それに乗じて商売をしているようでした」
ここで、フォースターがハッとなる。
「そうだ! 私は奴の経営する工房に、がさ入れに行く許可を取りにきたつもりだったのだ! それを、この脳筋魔法騎士が邪魔をして――」
フォースターは秘書に持たせていた鳥仮面を、国王陛下に見せる。
「この仮面は、黒斑病の医者だと名乗る者が被っていた。黒斑病の蔓延する地域に行ってデタラメな治療を施し、金をせびっていたのだ」
その鳥仮面が、ジェラルド・ノイマーの管理する倉庫から発見された。動かぬ証拠である。
「わかった。では、我が親衛隊の一部をジェラルド・ノイマーの工房に向かわせよう。指示はフォースター。貴殿が責任を持ってするように」
「はっ!」
「陛下! 彼は黒斑病の治療のために、広場に病院を建てた功労者でもあるのですよ!?」
宮廷魔法使いの首席が、非難めいた声色で指摘する。
「それも含めて、調査しよう。もしもジェラルド・ノイマーが無実ならば、よかったで終わることではないか」
「しかし――」
「食い下がるな。そういえば、貴殿はあの男と懇意にしていると、以前耳にしたことがある」
「――ッ!!」
国王陛下の指摘に、宮廷魔法使いの首席は返す言葉が見つからなかったようだ。
唇を噛みしめ、悔しそうにしている。
「そういえば、黒斑病の治療薬を作ったのは誰であったか?」
国王陛下の問いに、錬金術師の長が明朗な声で答えた。
「王女殿下でございます!!」
「え!?」
謁見の間で、誰よりも驚いていたのはアルネスティーネであった。
それも無理はないだろう。彼女は黒斑病の治療薬なんて作っていないのだから。
「アルネスティーネ、真か?」
「いいえ、わたくし、覚えがありませんわ」
「しかし、この者達は、お前が黒斑病の治療薬を作ったと申しておる」
「存じません。わたくしには、そのような知識は、皆無でございます」
予想していた最悪の事態になってしまった。