少女とダークエルフは、騒然とする
扉の前には、板金鎧の騎士が左右に五名ずつ立っている。他の場所と、明らかに警備の厚さが異なっていた。
おそらく、扉の向こうは謁見の間なのだろう。
エルとイングリットは、離れた場所で声を潜めながら話す。
「お祖父さんとジョゼット・ニコル、何を話しているの?」
「内容まではわからない。ただ、何か激しく言い合っているように聞こえる。誰かの、諫めるような声も聞こえるな」
「そっか」
耳のいいイングリットでも、何を話しているかまではわからないようだ。
「エル、どうする? ひとまずフォースター公爵は放っておくか?」
「うーん」
扉が開かない限りは、中へと入れない。しかしながら、妙な胸騒ぎがしてならない。
「あ――」
「イングリット、何か聞こえたの?」
「うさぐるみの声が、聞こえた」
「ネージュの?」
ネージュは立ちはだかるジョゼット・ニコルからエルやアルネスティーネを助けるために、身を挺して守ってくれたのだ。
ここにいるというのならば、そのまま素通りなんてできない。
「しかし問題は、どうやって中に入るか、だな」
たとえイングリットかエルの片方が物音を立てて騒ぎを起こしたとしても、ここにいる十名の騎士全員の気を逸らすことは不可能だ。彼らの任務は、扉の前を守ることである。駆けつけたとしても、数名だろう。
誰かが入るのを待とうか。そんな話をしていると、バタバタと大勢の足音が聞こえる。
「うわ、魔法騎士だ」
「嘘でしょう?」
向かう先は、当然エルとイングリットが入室の機会を窺う扉の前。内部にいる者が、フォースターとジョゼット・ニコルの言い合いを止めるために応援でも頼んだのかもしれない。
「エル、あの魔法騎士達と一緒に、内部に入ろう」
「わかった」
もしかしたら、勘のいいジョゼット・ニコルは姿消しの魔法に気づくかもしれない。
それでも、ネージュの存在を見過ごすわけにはいかなかった。
魔法騎士の隊長格らしき騎士が名乗ると、扉は開かれた。エルとイングリットは、そのタイミングで部屋へ入る。
そこには、想像を絶する光景が広がっていた。
真っ赤な絨毯が続くのは、黄金の王冠を被った国の頂点とも言える者が座る玉座。
その隣には、青白い表情をしたアルネスティーネが腰かけていた。
やはりここは謁見の間だったようだ。
ずらりと並ぶ板金鎧の騎士と、頭を垂れて座る臣下達、それから――騎士の恰好をしたウサギのぬいぐるみを双方から引き合い、醜く言い合いをする男女の姿があった。
「おい、脳筋魔法騎士、このぬいぐるみを放せ!! これは私の大切なお嬢さんのぬいぐるみだ!!」
「うるさい、この少女趣味ジジイが!! これは、私の獲物なんだ!!」
『ちょっと、どちらも放していただける!? わたくしが、千切れてしまいますわ!!』
ネージュを巡って、フォースターとジョゼット・ニコルが取り合いをしていた。
額を押さえて呆れる国王陛下の御前で。
「おい、脳筋魔法騎士!! 私のお嬢さんのぬいぐるみが嫌がっているだろうが!!」
「なんだと、この少女趣味ジジイ!! 嫌がっているのは、私だけじゃないだろうが!!」
『もう、どっちもうるさいですわ~~!!』
国王陛下は低い声で、魔法騎士達に命じた。双方、拘束するように、と。
魔法騎士達ばバタバタと走ってフォースターとジョゼット・ニコルを拘束しようとしたが――。
「邪魔するな!!」
ジョゼット・ニコルの一喝により、ピタリと動きを止める。
空気がブルブルと震えていた。どうやら彼女は隷属の魔法をかけたようだ。
詠唱はもちろんなし。ざっと見て十名はいるであろう魔法騎士を、一気に服従させたようだ。
やはり、ジョゼット・ニコルはかなりの実力者なのだろう。
「もう、よい。ふたりは放っておけ。次の話を聞こう」
フォースターとジョゼット・ニコルはいまだ激しい言い合いを続けているものの、国王陛下は無視すると決め込んだらしい。
赤絨毯に、見知った者達がやってきて片膝を突く。
錬金術師の長と、メイであった。
どうやら、黒斑病の治療薬について報告する場に居合わせてしまったようだ。
エルは国王陛下の隣に座るアルネスティーネを見て、ゾッとする。
これから、黒斑病の治療薬を王女が作ったと報告するのだ。アルネスティーネは事情を知らない。
「ねえ、イングリット」
「大丈夫だ」
イングリットはエルの手をぎゅっと握り、励ましてくれる。
これ以上、悪い状況になりませんようにと祈ることしかできない。
そんな中で、錬金術師の長は説明を始める。
「国王陛下、吉報です。黒斑病の治療薬が、完成しました」