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少女と猫とお人好しダークエルフの魔石工房  作者: 江本マシメサ
第一部 少女はダークエルフと出会う
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少女は世界を知り、猫は少女を見守る

 港町までの馬車移動中、エルはヨヨを枕に光の妖精を毛布代わりにして眠っていた。

 疲れが取れていないのだろう。


『死んだように眠っている』

『生キテル!』

『生キテル!』

『生キテル!』

『知っているよ』


 痩せた麦と共に運ばれる、痩せた少女エル。

 父フーゴを捜して、王都を目指す。

 本当に、フーゴは生きているのか。生きていたとしても、なぜ、森に戻ってこなかったのか。


 もう、死んでいるのではないのか。ヨヨの中にはたくさんの不安要素がある。


 しかし、エルを前向きに突き動かしているのは、『フーゴを捜しに王都に行く』ということだった。

 今回の旅で、新しい希望や目標ができたらこれ以上嬉しいことはない。


 だから、ヨヨは何も言わずにエルの冒険に付き合うことにした。


 ◇◇◇


 王都へつながる港町は、大きな町だった。

 それよりも、海は大きい。エルはしばし、初めて見る海の壮大さに目が奪われる。


「海……これが、海!」


 太陽の光を浴びてキラキラ輝く海の水面は、美しかった。

 フーゴから海の話は聞いていた。どこまでも広く、深い水の集まりだと。

 言葉から想像していたものよりも壮大で、ただただ圧倒される。

 港に泊まっていた船も、驚くほど大きかった。


「あれで、王都に行くんだ……!」


 ただ、港町は活気に溢れているとは言えなかった。商人がひっきりなしに行き交い、船乗りの怒号が響き渡っている町を想像していたのだ。

 市場は閉鎖され、商店には申し訳程度の野菜が並ぶ。

 人通りはほとんどない、寂れた町だった。

 この辺りは田舎だから、とエルを港町まで連れてきてくれた村人は言っていた。

 今年は雨が少なく、農作物が不作なのも活気がない一因と言えるだろう。


「よし、お嬢ちゃん。乗船木札を一緒に買ってあげよう」

「大丈夫。一人でも買えるから」

「お嬢ちゃん、残念なことに、女性や子どもの一人旅はぼったくられるんだよ。今年は農作物が不作だから、船乗りももうかっていないからねえ」

「え?」


 信じ難い話を聞く。子ども一人だと、運賃に上乗せした金額を請求されるらしい。


「船の行き来が少なくなったから、多く金額を請求されるのではなくて?」

「乗船代は、国で制定された金額だけを請求するようになっているんだよ。大人は銅貨二十枚、子どもは銅貨十枚ってね」

「本当に? そんなことをするの?」

「ああ、残念なことにね。女性や子どもが何も知らない、知っていても、言えないとわかっていて、ずるいことをするんだよ」


 人が人を見た目で判断し、騙す。そんなことがありえるのだろうか。


「もしもこの先、一人旅を続ける気ならば、大人がいかにずるいか知っておいたほうがいい。まず、一人で買いに行ってみたらどうだい?」

「うん、行ってみる」


 エルは財布を握りしめ、乗船木札売り場に行った。

 船着き場に、椅子と日避け、『乗船木札売り場』と書かれた看板を置いただけの場所に四十代くらいの初老の男性が気だるげに座っていた。


「あ、あの」

「なんだ?」

「王都行の船に、乗りたいのだけれど」

「父ちゃんの分と、二枚か?」

「違う。わたしの分だけ」

「だったら、銅貨二十五枚だ」

「!」


 衝撃を受ける。大人一人分以上の値段を要求されてしまった。

 エルが子どもで何も知らないと思って、乗車賃をピンねしているのだ。


 人が人を騙す。それは、今までされたことがない、最低最悪の裏切りだ。

 ただこれも、村人が教えてくれなかったら、騙されていただろう。


「銅貨二十五枚、持っていないなら、船には乗せねえぞ」

「あ──」

「お嬢ちゃん、子どもは銅貨十枚だよ」


 通りすがりを装った村人が背後から声をかけてくる。


「国の決まりで乗船賃は大人銅貨二十五枚、子ども銅貨十枚って決まっているのさ。破ったら、騎士達が黙っていないだろうねえ」


 財布から銅貨を十枚取り出し、乗船木札を売る男に差し出した。すると、舌打ちをして乗船木札を差し出す。

 エルは乗船木札を受け取り、胸に抱きしめた。


 ボーボーボーと汽笛が鳴る。そろそろ出港のようだ。


「お嬢ちゃん、急がないと、船が出てしまうよ」

「ありがとう」

「いいってことよ。礼はいいから、急ぐんだ」

「うん」


 手を振る村人に、エルは深々と頭を下げる。


「あの、本当に、ありがとうございました!」

「こっちこそ、お礼を言わなければならんよ。ありがとう。それから、達者たっしゃで!」


 人を騙す最低最悪の大人がいる一方で、見返りを求めずに親切にしてくれる心優しい大人もいる。

 世界は、欺瞞ぎまん慈愛じあいでできているのだ。

 モーリッツとフーゴから優しさだけを与えられて生きてきたエルは、知らなかった世の中である。


 船は港を発つ。手を振る村人に、エルは大きく手を振り返した。


「ヨヨ」

『ん?』

「私はずっと、父さんと先生に守られていたんだね」

『まあ、エルは子どもだからね』


 モーリッツとフーゴがいたから、エルは大人の悪意にさらされることなく暮らしていけたのだ。

 彼らがいなくなって、初めて気づいた。


「私には、保護者が必要なのかも」

『うん、そうだね』

「どうしたら、保護してもらえるのかな?」

『うーん、それは難しいことだ』


 フーゴは父親だから、モーリッツは弟子だから、エルを守ってくれた。

 見返りもなく守ってくれたのは、エルに対する深い愛情からなのだろう。


「ねえ、ヨヨ。家族って、すごい存在だったんだ」

『そうだよ。人間の家族って、本当にすごい。野生動物だったら、生まれたあと一年も満たないうちに一人立ちしろ~って、追い出されるからね。妖精にはそもそも家族という概念はないし。でも、人間は、子どもが大人になるまで、十八年から二十年間くらい守ってくれる。そこから先も、家族という縁はなくならずに、見守ってくれるんだ』


 モーリッツは生きていたら、エルが大人になるまで成長を見守ってくれただろう。

 血縁関係にないのに、モーリッツはエルの家族だった。


 家族という輪は、何も血縁関係である必要がないことエルは気づく。


「ヨヨも、家族なんだね」

『僕が、エルの家族?』

「そう。契約で結ばれた関係だけれど、ヨヨはわたしを守ってくれた。契約を結んでからは、わたしもヨヨを守りたいって思っているから」

『エル……ありがとう。なんか、くすぐったいけれど嬉しいや』

「ヨヨは大事な弟だから」

『ちょっと待って。僕のほうが先に生まれているから、弟なのはおかしいんだけれど』

「でも、ヨヨは兄さんって感じじゃないし」

『ええ~~! エルのよきお兄さんだったでしょうが!』

「心配症な弟みたいだったよ」

『納得いかな~い!』


 世界は優しくない。そう思った時は自分に余裕がないことが多い。

 よくよく目を凝らし、周囲を見たら優しさで溢れている。


 エルは今近くにある優しさに、常に気づくようにしたい。

 そう思いながら、広い海を眺めていた。


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