少女はダークエルフと王宮へ向かう
黒斑病の治療薬を作るために奔走していたキャロル・レトルラインが、黒斑病を故意的に蔓延させた可能性があるとして拘束された。
第一線で黒斑病の問題について打ち込んでいたキャロルがいなくなったという思いがけない状況に、錬金術師達は動揺を隠せないでいた。
そんな中で、錬金術師の塔に激震が走る。
賢者モーリッツが完成させた黒斑病の薬を王女が作り、治療に成功させたという。
完治した患者と、治療現場を見守っていたメイ・アレッサーが証言した。
驚くべきことに、黒斑病の治療薬は土壌の中から発見した細菌から抗生物質を作るらしい。
黒斑病は土の中の細菌から生まれた病気であったが、治療薬もまた土の中から見つかるとは。
賢者モーリッツの発見であったが、完成させた当時は薬の材料や創薬方法は明らかにされていなかったのだ。
王女は作り方を錬金術師達に伝え、量産体制に入るように命じる。
窮地に立たされた錬金術師達の状況が、いっきにひっくり返った。
◇◇◇
エルはイングリット、メイ、錬金術師の長と共に王宮へ向かう。
これから、黒斑病の治療薬の作り方を発見したと国王陛下に報告に行くのだ。
そろそろ、エルはどこかに身を隠さなければならないだろう。
錬金術師の外套があれば、いつでも姿を隠すことができる。
「イングリット、そろそろ……」
「ああ、そうだな」
王宮内は多くの人が行き交い、落ち着かない様子を見せていた。
そんな中で、イングリットとエルは同時に錬金術師の外套の懐にある魔法陣を指先で摩った。すると幻術の効果が発動され、周囲から姿が見えなくなる。
先を歩くメイと錬金術師の長は、エルとイングリットがいなくなったことに気づかない。
あとは、彼らに託そう。
エルとイングリットは手と手を取り合い、人通りの少ない渡り廊下へと走った。
薔薇が咲き誇る庭園のほうへ向かい、無人の東屋の椅子に腰かける。
はーーと、安堵の息が零れた。
やっと、ひと息つくことができたのだ。
「あとは、アルネスティーネと合流できたらいいんだが」
「だね。口裏を合わせてもらわなきゃいけない」
どこかに軟禁されていると魔法騎士が言っていたが、詳しい話は聞けなかった。
「なんか、双子の絆とかで、わかったりしないのか?」
「それでわかったら、苦労なんてしないよ」
イングリットの発言に脱力しつつ、エルは突っ込みを入れておく。
「最悪、落ち合えなくても、黒斑病の治療方法は錬金術師達に伝えたから、わたしができることは、ここまでなのかもしれない」
「まあ、それはそうだけれど、いいのか?」
「何が?」
「このままだったら、エルのお手柄がアルネスティーネ王女のものになるんだぞ?」
「別に、それでもいい。そもそも黒斑病の治療薬は、先生が発見したものだし」
「しかし、記憶を頼りに作れるのは、さすがエルサンとしか言いようがないんだが」
「いいの」
別に、誰かに認められたくて黒斑病の治療薬の作り方を教えたわけではない。
王妃やアルネスティーネ、キャロルの名誉を守りたかったので、エルは決意したのだ。
「キャロルの疑いも、晴れたらいいけれど」
「フォースター公爵の腕にかかっているな」
「うん」
ジェラルド・ノイマーの罪が発覚すれば、キャロルの疑いもきれいサッパリ晴れるだろう。
その前に、フォースターは大丈夫なのか。エルは心配になる。
「とにかく、アルネスティーネを探そう」
「そうだな」
ひとまず、エルは魔法鞄の中からヨヨを取り出した。
『んん、エル、何か用?』
「ヨヨ、アルネスティーネの居場所、わかる?」
『なんで僕に聞くの?』
「私との絆で、オマケにアルネスティーネの居場所もわかるかと思って」
『エル、なんか、イングリットに似てきてない?』
「どこが?」
『発言とか』
ちなみに、いくら双子でもアルネスティーネの居場所はわからないらしい。
『偉い人は、高みの見物をしているから、上の階にいるんじゃない?』
「そうかも!」
さっそく、上の階を目指す。
幻術で姿を隠しているので、見張りはエルやイングリットが通っても気づかない。
上層階に行けば行くほど、人の通りは少なくなっていく。
廊下に絨毯も敷かれ、高価な調度品や肖像画などが飾られるようになる。
大きな扉の前を通りかかった瞬間、イングリットが立ち止まった。何やら、扉の向こう側から聞き覚えのある声が聞こえたらしい。
「イングリット、どうしたの?」
「いや、知り合いの声が聞こえて」
「誰?」
「フォースター公爵と」
「と?」
「ジョゼット・ニコル」
最低最悪の組み合わせであった。