少女は救う
円卓に座る錬金術師達は、エルの発言に目を見張る。
「王女殿下、それは、本当なのですか?」
「本当。嘘なんて言わない」
「いったいどうやって、黒斑病の治療薬を作る方法を知ったのですか?」
「モーリッツに習ったの」
かつて王国の賢者だったモーリッツの名前を出したら、顔色も変わる。
「しかし、彼がこの国にいたころ、王女殿下は――」
「詳しい事情を話すつもりはないの。まず、この薬を患者に与えるところを見せるから、もしも治ったらわたしを信じて」
エルは以前、立ち寄った村で作った黒斑病の治療薬を取り出して見せた。
神の裁きに逆らっていいものか脳裏を過ったが、もう見ない振りはできない。
「黒斑病の患者がいる病院まで、誰か案内して」
誰も、応じようとはしなかった。きゅっと口を閉ざし、身を縮めている。責任ある大人の態度とは思えない。
盛大なため息を吐いていると、背後より声をかけられる。
「案内してあげるわ。この私が!」
メイが胸を張り、病院まで連れて行ってくれるという。
「その代わり、もしも王女殿下の言うことが本当だったら、責任を持って後ろ盾になってもらうわよ?」
「……わかった。王女殿下を、頼む」
「言われなくても、わかっているわよ」
さっそく、病院まで移動する。なんでも、黒斑病の患者は王都の郊外にある貴族の別荘に集めて治療しているらしい。
とは言っても、黒斑病の薬はない。熱冷ましや痛み止めを打って、なんとか患者の苦しみを軽減させるしかないのだという。
メイは深い事情を聞かずに、プロクスに跨がって案内してくれた。
あまりにも興味を示さないので、逆に気になって質問してしまう。
「ねえ、メイ。あなた、どうして私が黒斑病の治療方法を知っているか、気にならないの?」
「伝説の賢者様に習ったんでしょう? 今は、それを信じているだけ」
「自分で言うのもなんだけれど、よく信じたね」
「王女様ほど責任がある立場の人が、嘘なんて言うわけないでしょう」
「そう、だったね」
エルはアルネスティーネではない。けれど、王家の血は引いている。王女であるというのは、嘘ではないのだ。だから、嘘を吐くことによって感じる罪悪感も、今は仕方がないんだと自らに言い聞かせるしかない。
プロクスに跨がり飛ぶこと十分――黒斑病の患者を収容する貴族の別荘にたどり着いた。
そこは湖の畔で、数件の別荘が建ち並んでいる。
周辺の建物すべてを、黒斑病の患者と関係者が使う施設にしているのだろう。
行き来する人々の表情は切羽詰まり、顔色はすこぶる悪い。
誰に声をかけようかとエルが迷っていると、メイが近くにいた女性に声をかける。
「ねえ、黒斑病の治療薬の治験にやってきたの。今にも死にそうな人のところに案内しなさい」
耳を疑うような言葉だったが、指示された女性はすぐに頷いて案内する。
現場の者達は、藁にもすがるような気持ちで働いているのだろう。
連れて来られた先は、簡易的な天幕の前だった。
助かる見込みのない者は、続々と天幕のほうへと運ばれているらしい。
そうでもしないと、寝台が足りないのだという。
振り返った女性は顔面蒼白であった。額にびっしりと汗をかいている。落ち着かない様子で、しどろもどろに説明し始めた。
「あの、こちらが重症患者のおります天幕です」
「わかったわ。あんたは下がっていいから、あとは私達に任せて」
「は、はい」
女性がまるで化け物から逃げるように、この場を去っていく。
誰も、その行動を咎める言葉を口にしなかった。
内部には五人の患者がぎゅうぎゅう詰めに寝かされていた。
つんと鼻を突く消毒液と、肉が腐ったような臭いが漂っている。
メイは我慢できずに、「うげー」と声に出していた。
一方で、イングリットは神妙な面持ちで患者を見つめている。
酷い有様であった。露出している部分は包帯が巻かれ、カサカサに乾燥した唇からはくぐもったうめき声が聞こえる。
エルはすぐさま、手前にいた血まみれの包帯の患者の前に膝を突く。
深く被っていた頭巾が、外れてしまった。
エルの容貌を見た患者は、目を見開いて驚く。
「て、天使様が……天使様が、ついに、お迎えに……!」
その言葉に反応して、他の患者も「召されるときがきた」だの、「やっと楽になれる」だの、口々に反応している。
「違う。わたしは天使じゃない。あなた達を、助けにやってきたの」
エルが持つ黒斑病の薬で、ここにいる患者の治療は可能だろう。すぐさま、治療薬を使って薬の浸透魔法を使う。
エルの薬は効果絶大であった。
治療を行った患者達は、驚きで目を見開く。
「なんだ、これは――!?」
「もう、どこも痛くないぞ!」
「息苦しさもなくなった!」
「体が動く!!」
「首筋のこぶが、なくなったぞ!」
エルはホッと胸をなで下ろす。だがそれも一瞬のことで、ここは天国なのではないかと言い始めた。
「あなた達の病気は、治ったの」
「嘘だ」
「嘘じゃない。ね?」
振り返った先にいたメイも、驚きの表情を浮かべていた。
「嘘みたいだわ」
「メイまでそんなことを言ったら、患者さんが信じないでしょう?」
ひとまず、重症患者は完治した。
患者の中で比較的元気だった青年を連れて、再び錬金術師の塔へと戻った。