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少女と猫とお人好しダークエルフの魔石工房  作者: 江本マシメサ
第三部 少女はダークエルフと共に、魔石工房を作る!
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少女呆れる

 下町では、驚くべき光景が広がっていた。

 どこを見ても人、人、人。

 死へと誘う黒斑病の蔓延という緊急事態に、恐慌状態になっているようだった。


 いつもは閑散としている通りには、どこから集まったのかいくつかの露天が開かれている。


「黒斑病には、上等なワインが利くんだ! 一本、銀貨一枚だよ!」


 藁にもすがる思いからか、下町の者達はかき集めたようなコインを手に、ワインを売る商人のもとに集っていた。


「嘘でしょう……?」

「なんであんなデタラメを信じるんだ?」


 理解しがたい光景を前に、エルとイングリットはしばし言葉を失う。

 それ以外にも、耳を疑う噂話が聞こえてきた。


「黒斑病は下水道を嫌うらしい。下水道で生活していたら、罹らねえってよ」

「本当か。だったら、今のうちに場所取りしないと」


 黒斑病の原因となるネズミは、下水道に多く生息する。そこで生活すれば、黒斑病の感染確率はぐっと上昇する。それだけではない。不衛生な環境の中で暮らしていたら、別の病気にも罹ってしまう。


 一刻も早く引き留めなければと思って一歩踏み出したが、イングリットに腕を掴まれてしまった。


「エル、彼らは今、何を言っても聞きやしないだろう?」

「で、でも、見てみぬ振りはできない」

「無駄なんだ。エルの父親でさえ、信じるものに対しては意見しても無駄だったんだろう?」

「あ――!」


 そうだった。身内であるフーゴでさえ強く信じるものがあれば、それは間違っているというエルの言葉に耳を傾けなかった。

 他人であれば、余計に信じないだろう。


「エル、私達がしないといけないのは、黒斑病が感染拡大した原因を突き止めることだ。それ以外に気を取られてはいけない」

「うん。そうだったね」


 今まで流行っていなかったのに、いきなり黒斑病が蔓延するのはおかしなことである。

 何かが、下町で起きているはずだ。

 どこかで、話を聞く必要があるだろう。道行く者達の断片的な話ではなく、じっくりと事情を把握しなければならない。


「人が集まる場所――食堂?」

「いや、食堂は人の回転が速い。もっと、長居できるところがいい」

「喫茶店は、下町にはないし。あ、酒場?」

「そうだな。行ってみよう」

「うん」


 イングリットが差し出す手を、エルはぎゅっと握った。

 不安がジワジワと胸を支配しつつあったが、イングリットの温もりに触れたら少しだけ安堵できる。

 彼女の存在に、またしても救われてしまった。


 エルとイングリットが向かった酒場は、大勢の人達で賑わっていた。

 黒斑病にはワインがいい。そんな噂話が広がっているからか、皆ワインを求めてやってきているようだった。


 エルとイングリットも窓際にある席を確保し、ワインを注文する。

 すぐに、ワインは運ばれてきた。


「いつもより、値段が高くなっているな」

「黒斑病の噂話の影響?」

「おそらく、な」


 イングリットから、飲んでいる振りをしたほうがいいと耳打ちされた。ここの店は、忙しいときはグラスを洗わずに次の客に酒を出しているらしい。


「ここも、黒斑病が広まった原因のひとつかもしれない」

「だな」


 入って五分も経っていなかったが、げんなりしてしまう。

 ガヤガヤと騒がしい店内で、客の話題はもっぱら黒斑病についてだった。


「黒斑病には、砕いたエメラルドを舐めたらいいらしい。エメラルドに含まれる魔力が、黒斑病を打ち消すようだ」

「貴族の奴ら、今頃エメラルドを買い集めているんだろうな」

「くそ、貴族め……!」


 さっそく、うさんくさい治療法を耳にした。ため息しか出てこない。


「俺は、刻んだタマネギを家に吊しておいたら、病気に罹らないって聞いたぞ。なんでも、黒斑病は病人の悪臭から移るようだ」

「それくらいはできそうだな」

「タマネギを買って帰ろう」


 他にも、病人の目を見たら黒斑病が移るだの、肉やミルクを飲んだら感染しやすくなるだの、水に灰を溶いて飲んだら黒斑病を防げるだの、とんでもない噂話が錯綜していた。


「しかしもっとも有効なのは、広場にある聖樹病院で治療を受けることだよなあ」


 聖樹病院――耳にした瞬間、エルは声をあげそうになる。寸前で、口を塞いだ。


「なんだ、聖樹病院って?」

「黒斑病をはね除ける、聖なる木で造られた病院だよ。そこで治療を受けたら、あっという間に治るらしい」


 勝手に伐採された聖樹は、黒斑病を治療する病院を造るために利用されていたようだ。

 聖樹が黒斑病をはね除けるなど、嘘である。そんな力なんてない。

 あまりにもばかばかしい話を聞いてしまい、エルは頭を抱えた。


「酷い話だ」

「嘘を吐くのに、本物の聖樹を利用しなくてもいいのに」


 いったい誰がそんなことをしているのか。怒りばかりが募っていく。


「いやはや、ジェラルド・ノイマーサマサマだな」

「金にがめつい奴だと思っていたけれど、見直した」

「聖樹病院だって、ジェラルド・ノイマーの資金で建てられたんだろう? 黒斑病の対策に、大金を投資したって言うし」


 今度は、イングリットが頭を抱え込む。


「エル……魔石や聖樹の盗難には、奴が関与しているみたいだな」

「間違いない」


 イングリットの背中を撫でて、落ち着くように促す。

 ジェラルド・ノイマーが関わっていたのは、黒斑病を治療する鳥仮面の件だけではなかったようだ。


 とてつもなく巨大な計画が、ジェラルド・ノイマーの背後に見え隠れしているような気がした。

 エルはふと、思い浮かんだことを口にする。


「もしかして、黒斑病は人為的に広められた?」


 イングリットは眉間に皺を寄せ、「その可能性も否定できない」と苦しげな様子で言った。 

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