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少女と猫とお人好しダークエルフの魔石工房  作者: 江本マシメサ
第三部 少女はダークエルフと共に、魔石工房を作る!
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少女は街へ――!

 黒斑病――桿菌かんきんという細菌から感染する急性感染症で、ネズミなどに付いたノミを介して人に感染。感染した人や動物からも、病原体が体に侵入する恐ろしい病気である。


「調査に行った私達が、感染しないようにしないとな」

「そうだね」


 まず、感染源とされるネズミやノミとの接触を避けないといけない。


「なるべく肌の露出を避けないようにしないといけないな」

「だったら、錬金術師の外套をそのまま街へ着ていけばいいですよ」


 錬金術師の塔から出る際に、借りた外套は特別な魔法が付与されたものらしい。


「錬金術師の外套には、害虫や害獣の忌避効果がある魔法が施されているんです」

「え、すごい」

「とんでもない技術が込められているんだな」


 黒斑病の研究をするさいに、関わった者が感染しないように作った特別な外套らしい。

 頭巾で顔が隠れるので、好都合だろう。ひとまず、感染対策は取れそうだ。


「あ、そうだ。感染対策といえば、これ、ジェラルド・ノイマーの倉庫から勝手に押収した鳥仮面なんだけれど。これにも、感染対策の魔法が施してあるの?」


 魔法鞄から取り出し、キャロルに見せてみた。


「これは――いえ、魔法はかけられていないようです」


 ただ、くちばしの部分に乾燥させた薬草を詰めているという。調べたところ、ただの薄荷草だということがわかった。

 医者に扮する者達には、これを感染対策としていたのかもしれない。なんともお粗末なものだと、エルは内心思う。 


「こちらの鳥仮面は、フォースター公爵に渡しておいたほうがいいですね」


 エルがこくんと頷くと、鳥仮面はフォースターの手に渡る。


「証拠品として、預かっておこう」


 黒斑病の感染者が急増した原因は、感染者同士による接触ではない。

 おそらく、何か原因があるはずなのだ。


 出かける前に、キャロルから錬金術師の外套についてさらなる説明がなされる。


「その外套には、姿を隠す幻術も付与されています。胸の内側にある魔法陣を指先で摩ったら発動されるので、使ってみてくださいね」

「下町での調査は、姿を隠した状態で行ったほうがいいかもしれないな」

「うん、そうだね。魔法騎士もいそうだし」


 ジョゼット・ニコルに見つかりでもしたら、大変だ。

 一刻も早く、感染源を突き止める必要があるだろう。

 それを探りに、エルとイングリットは街へと出かける。


「おふたりとも、気を付けて」

「キャロルも!」

「はい、ありがとうございます」


 街中は混乱状態にある。まずはプロクスに乗って街の外へ降り立ち、そこから下町へ向かったほうが近道だろう。


「じゃあ、お祖父さん、キャロル、行ってくるね」

「ああ、気を付けて」

「無理はなさらないでくださいねえ」


 エルとイングリットは、公爵家の庭から王都の郊外を目指して飛び立った。

 プロクスの背中から、街を見下ろす。先ほどよりも、混乱状態にあった。


「なんだろう。みんな、慌てた様子で買い物をしている」


 市場ではなく、簡易的な天幕の下で商売が行われていた。

 いったい何を買い込んでいるのか。空からはわからない。


「食料を買い込んで、家に引きこもって感染しないように――しているわけないか」

「そういうの、わかっていないと思う」


 感染症が不衛生な状態から移るということを、把握しているのはごくわずか。上流階級の者でさえ、知っている者は一部の者達だろう。衛生観念自体、ないようなものだとエルは思っている。


「手や顔を洗ってから食事をする。そんな基本的なことでさえ、知らない人が多い」

「手はともかくとして、顔は洗っていなかったな。エルに注意されてから、するようになったけれど」


 エルは師匠であるモーリッツから、衛生観念について厳しく叩き込まれた。

 しかしながら、それを他人にしてもらうことの難しさも知っている。


「うちのお父さん、お風呂が大っ嫌いだったの。一週間に一回入ればいいくらいで……」


 エルは遠い目をしながら話す。


「いくら病気になるよって言っても、ぜんぜん聞かなかった」


 エルの父フーゴは健康で、床の上を転がったパンを食べても病気になることはなかった。だから余計に、エルの訴えなんぞ聞かなかったのだろう。


「なんていうか、エル。大変だったんだな」

「うん……」


 身内が訴えても、生活習慣を正してもらうのは難しい。

 他人が言ったら、耳なんて貸さないだろう。


「でも、都合がいい話は、信じてしまうんだよね」


 フーゴも王都に行ったさい、たまに怪しい商品を買って帰ることがあった。


「歯が綺麗になる飴とか、髪が美しくなる香水とか、視力がよくなる目薬とか」

「バカみたいに怪しい商品だな」

「でしょう?」


 歯は毎日エルが「磨いて!」と言うので買ってきたのだという。髪が美しくなる香水や視力がよくなる目薬は、モーリッツのために購入したのだとか。

 もちろん、どれも偽物でフーゴはまんまと騙されたのだ。


 フーゴは幼少時からまっとうな教養を叩き込まれた貴族である。それなのに、あっさりと他人を信じてしまうのだ。


「なんだろうな。思慮分別がある人でさえ、体の不調に関してはいろいろ騙されるんだから、恐ろしい話だよ」

「うん。わたしも、そう思う」


 黒斑病も、病気ではなく魔女の呪いだと言われている。その悪評は、いまだに囁かれているという。

 いくら国や錬金術師が呪いではないと公式に発表しても、一度広まった話を修正するのは難しいのだろう。


 エルとイングリットは街の外に下り立った。プロクスは目立たないよう幼体になってもらい、魔法鞄の中に詰め込んだ。


「イングリット、行こう」

「ああ!」

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