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少女と猫とお人好しダークエルフの魔石工房  作者: 江本マシメサ
第一部 少女はダークエルフと出会う
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少女と猫は奮闘する

 老夫婦の家に戻り、数時間睡眠を取る。

 朝食はヨヨが作ってくれていた。ベーコンのスープとビスケットというシンプルなもの。

 エルはビスケットを三枚食べ、スープで流し込む。

 外に出て、まず行ったのは患者を寝かせる簡易テント作り。

 木と木の間にロープを張り、清潔なシーツを被せる。地面に敷物を敷き、四方に火の魔石を置く。暖房設備付き簡易病室の完成である。


「これを、たくさん作るようにお願いしてください」

「お、おお」


 今から村長が村人を集め、黒斑病の診察及び治療についての説明を行う。

 まず、手伝える元気な人々の服を煮沸消毒する。続いて患者を集め、病気の進行度によって治療の順番を決める。


 顔に黒斑点があるか、リンパ節は腫れているか、出血しているか、手足は壊死しているか。

 同じ症状の場合、子どもと大人、どちらを優先するかの判断は村長に任せる。


 手が空いている人は、家にある布物すべてを煮沸消毒させ、床を磨く。

 やることは山のようにあるので、とにかく人手が必要だ。

 魔石の使い方も、しっかり教えておく。


「すべては、村長の采配さいはいと頑張りにかかっているから」

「う、うむ。了解した」


 打ち合わせは手短にして、すぐに行動を起こす。

 ヨヨは人から見えないところでこっそり作業を行っている。鍋の中に火と風の魔石を入れて、煮沸消毒専用のかまどを用意していた。

 エルは抗生物質作りを行う。作成は二回目なのでだいぶ短縮できているが、それでも時間がかかる。


 そうこうしているうちに、二十名ほどの患者が簡易病室に運ばれたと報告を受けた。

 そのうちの十名が、重症患者らしい。

 一回目に作った抗生物質は、五人分しかない。エルは焦る。


『──手ヲ、貸ソウカ?』

「え?」


 エルに声をかけてきたのは、二十はいるであろう光の粒、妖精だ。

 モーリッツが研究のために、魔法書に長い間封印していた気の毒な妖精を、エルが解放したのだ。


「手を貸すって?」

『薬、作ルカラ、契約ヲ』


 契約を交わしたら、エルの中にある抗生物質作りの技術を読み取って作れるようになるらしい。


「あなた達、すごい妖精だったのね」


 エルが褒めると、妖精はチカチカ点滅する。どうやら、喜んでいるようだ。


「でも、いいの? 契約をしたら、あなた達は自由じゃなくなるけれど?」

『自由スギテモ、暇ダカラ』

「そう。だったら──」


 エルはナイフを取り出し、指先を少しだけ切り付ける。血がにじみ出た瞬間、光が集った。

 魔法陣が浮かんでパチンと弾ける。契約は完了だ。


『ジャア、アトハ、任セテ』

「ええ、お願い」


 抗生物質作りは妖精に任せ、エルは患者のもとへ走った。


 ◇◇◇


 鳥仮面に騙されたあとだったので心配していたが、村人達は皆素直だった。村長の言うことを信じ、行動に移してくれた。

 思いのほか、動ける若者が多く、黒斑病を発症させている者のほとんどは年配者だった。

 年配者は風呂に入ると病気になるという噂話を信じたままでいたので、あまり清潔な状態ではなかったのだろう。


 エルは老婆の振りをしながら、村人達を治療して回った。

 ただ、目が回るほど忙しいというわけではない。村の若者達が無理をするなと言ってくれたので、十分休憩を取りながら治療に当たれた。


 妖精が抗生物質を作ってくれるおかげで、エルは次々と黒斑病の患者を回復させていく。

 そんな動きが二日、三日、四日と続いた。


 心身ともにくたくただったが、村人から感謝され、村長や老夫婦から労われる。

 今まで誰からも必要とされることなく生きてきたエルの心の中は、熱く優しい気持ちで満たされていた。


 五日目ともなれば、黒斑病患者はいなくなる。

 村の中も清潔な状態になった。


「終わった……」


 すべての黒斑病患者を治したのだ。魔力はほとんど尽きていて、眩暈めまいがする。

 杖を握り過ぎて、手は豆だらけだ。

 ボロボロだったけれど、不思議な達成感がある。

 生まれて初めて、エルは自分のことを誇らしく思った。


 仕事を終えたエルは、泥のように眠る。そんな彼女を見守るのは、ヨヨと光の妖精達だった。


『お疲れ様、エル』

『オ疲レサマ!』

『オ疲レサマ!』

『オ疲レサマ!』

『いや、なんか増えているし』

『ヨロシク!』

『ヨロシク!』

『ヨロシク!』

『……どうも』


 夜は更けていく。


 六日目、エルは村を出ることとなった。


 老夫婦と村長は、深々と頭を下げてエルを見送る。


「なんとお礼を言っていいものか」

「お礼はいいから、わたしと魔法のことは内緒で」


 エルが黒斑病を一人で治療したことは、強く口止めしていた。

 もしもバレてしまったら、エルを利用しようと目論もくろむ者が現れるだろう。


「その件については、口外しないと約束しよう」


 老夫婦も、強く頷いていた。


「じゃあ、また。元気で」


 港町まで商品を運ぶという村人が、馬車で連れて行ってくれると言う。

 歩いたら三日以上かかる道のりが、一日で済む。ありがたく乗せてもらうことにした。

 村人が運ぶのは麦。今年は不作で、いつもの三分の一以下の収穫量だったらしい。

 満足に食事を取れていないことも、黒斑病が広がった原因の一つと言えよう。


「狩猟や釣りは禁じられているからねえ、生活は本当に厳しいよ。って、お嬢ちゃんに言ってもわからないか。ささ、荷台に乗ってくれ」


 エルが荷台に乗り込むと、馬車は動きだす。

 村長と老夫婦が村の出入り口から手を振っていた。エルは控えめに振り返す。


『エル、乗り出したら危ないよ』

「うん」


 見えなくなるまで手を振りたかったが、注意されたのでエルは引っ込んだ。


『ねえ、エル。なんで、狩猟と釣りが禁止されているの?』

「この辺りは貴族の領地だからだと思う」


 生き物は基本として、自生している植物まで、採ることは禁じられている。

 領地内にあるものはすべて、所有する貴族の財産なのだ。

 作物を作って収穫しても、得た収入はすべて入ってくるわけではない。貴族に税を納めなければならない。


『世知辛い世の中だねえ』

「本当に」


 ガタゴトと音を鳴らしながら、馬車は進んでいく。


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