少女達は、変装する
エルは以前フォースターが贈った、薄紅大天使をまとう。
そして、先ほどアルネスティーネがしていた髪型に結った。
「そうしていると、さらにアルにそっくりだな」
「一卵性双生児だからね」
「性格はまったく違うがな」
「そう? わたし、彼女と性格も似ていると思った」
「まー、なんていうか、まとう空気感はそっくりだな」
イングリットがギラギラ輝く太陽ならば、エルとアルネスティーネは静謐な美しさを持つ月。
「ただ、根っこの部分が、真逆なような気がする」
「根っこ?」
「ああ。エルの中には、揺るがない自信があるが、アルにはないように思える」
「どうして、アルネスティーネには自信がないの?」
「簡単だよ。アルは、愛されていなかったんだ」
さまざまな人から惜しみなく注がれた愛が、自己肯定感を高める。それが、自信に繋がるのだと。イングリットは言い切った。
「お父様もお母様もいたのに、アルネスティーネは、愛されていなかったんだ」
「まあ、そうだな」
両親に庇護され、育った者は皆幸せなのだとエルは思っていた。
しかし、必ずしもそうであるというわけではないようだ。
母親である王妃は、もうひとりの娘を引き裂かれたショックを引きずり、残ったアルネスティーネと向かい合おうとしなかった。
父親である国王は、王族の慣例に乗っ取り、子どもの教育は臣下に任せ、愛情を注がなかった。
祖父であるフォースターは、アルネスティーネに嫌われていると思い込み、近づかなかった。
「きっと、アルにとってエルは、最後の砦だったんだろう」
「どういう意味?」
「愛してくれるかもしれない、たったひとりの家族ってことだ」
「……」
アルネスティーネを愛せるのか。それはまだ、わからない。
鏡を覗き込んだようにそっくりな娘、アルネスティーネ。
彼女は何を思い、何を正義として生きているのか。少ない時間から、それらをくみ取るのはとても難しかった。
「わたしは、もっと、アルネスティーネについて、知りたい」
「そうだな」
そのためには、まず、ここから脱出して錬金術師のキャロルと落ち合う必要がある。
「あ、錬金術師の塔は、どこにあるのか。どうしよう。誰かに案内してもらう?」
「いや、必要ないだろう」
錬金術師の塔は王城と並んで建っているという。そうそう遠くない位置にあるだろうと、イングリットは言う。
まずは、王城からの脱出を考えなければいけない。
変装を、しなければ。
「さて。次はメイド組だな」
メイドはヨヨとプロクス、フランベルジュが担当する。
『っていうか、メイド、必要?』
「必要だよ。王女様は大勢の使用人を引き連れて移動しているんだから」
『いや、侍女とメイドのふたりって、少なくない? 意味ある?』
ぼやくヨヨは無視して、どういう構造にしようか考える。
ヨヨとプロクス、フランベルジュを合体させて、ひとりのメイドを作るのだ。
「まず、プロクスを中型に変化させて、二本足で歩かせる」
さっそく、プロクスは幼体から中型へと転じた。すっと立ち上がる。イングリットがプロクスにエプロンドレスを着せたが、長い尻尾があるのでスカートがめくれ上がった。
「おお……! なんだ、エルサン、こんな感じになったが?」
「あ、どうしよう」
ひとまず、プロクスの二足歩行案は却下となった。
「次は、猫くんかな?」
「ヨヨ、二足歩行で歩けるよね」
『歩けるけれど……嫌な予感しかしない』
まずヨヨが立ち上がり、エプロンドレスを着させる。もちろん、立ってもエルの膝上くらいの高さのヨヨには大きすぎる。
「次に、幼体のプロクスを、肩車する」
『待って、待って! 猫に人間みたいな肩があると思っているの?』
「ヨヨ、ものは試しだから」
ヨヨの肩に幼体のプロクスをそっと載せた。
『いや、重い! 竜の子、重たい!』
「ヨヨ、静かにして」
ヨヨにプロクスを乗せても、まだエプロンドレスはだぼついている。
最後に、フランベルジュを乗せてみた。
『竜の赤子は、俺様にしがみついているとよい』
『ぎゃーう(ありがとう)』
ここでようやく、エプロンドレスのスカートの皺はスッと伸びた。
だが完成したのは、エプロンドレスをまとう襟から剣の柄が伸びた化け物である。
「これ、なんの生き物だ?」
「わからない」
予定では、プロクスの手足に、骨格を支えるフランベルジュ、そして顔はヨヨという予定だった。獣人メイドを作ろうとしていたのである。
どうしようか。エルは頭脳をフル回転させる。
結果、化け物メイドを連れ歩くのは止めたほうがいいと結論づけた。
「えーっと、申し訳ないけれど、みんな、魔法鞄の中に入っていて」
『了解~』
『ぎゃーう(変装したかったのに)』
『致し方ない』
皆が収まった鞄を、イングリットに託した。
「イングリット、行こう」
「ああ」
目標は王城からの脱出。そして、錬金術師の塔でキャロルと落ち合うこと。
誰もいないのを確認すると、再び部屋に出た。