少女らは、身を潜める
エルはイングリットの腕を、思いっきり引いた。
「早く、こっちへ!」
「お、おい、エル。そっちには、暖炉しかないが」
「いいから、きて!」
早くしないと、扉が破られてしまうだろう。エルは必死になって、イングリットをぐいぐい引っ張って引き寄せた。
イングリットと共に、暖炉の中へと入り込む。ヨヨやプロクス、フランベルジュもあとに続いた。
「ここに姿を隠しても、外から一目瞭然だと思うんだけれど?」
「わたしもそう思う。だから――」
エルは暖炉の側面に触れた。すると、魔法陣が浮かび上がる。
「あ、そうか。これは、王族にのみ開閉可能だったな」
「そう」
地下通路へ繋がる扉が開かれる。急いで中へと入り込み、扉を閉めた。
ここにいれば安心なのだが、しゃがみ込んで口元を押さえてしまう。そんなエルを、イングリットは抱きしめてくれた。
その瞬間に扉が破られるような大きな音が鳴り、加えて怒号も聞こえてきた。
「探せ!! この部屋に、王女殿下を誘拐した犯人がいるはずだ!!」
忙しない足音が聞こえる。
エルはイングリットに縋り、息を殺す。心臓がバクバクと、うるさかった。
「ここにいるはずだ!」
「どこに逃げた!?」
「人の気配はありません」
乱暴な手つきで探しているのだろう。ドタン、バタンと、大きな物音が響き渡る。
「暖炉は探したか!?」
「いや、まだだ!」
騎士の声に、エルはビクリと体を震わせた。
大丈夫だと言わんばかりに、イングリットは強く抱きしめる。
地下へ繋がる隠し通路は、王族にしか反応を示さない。いくら暖炉を覗き込んでも、魔法陣すら見つけることができないだろう。
それでも、エルにとっては恐怖でしかなかった。
騎士は暖炉を覗き込み、「隠れても無駄だ!」と叫んだ。
国民の味方で、正義のために動く騎士であるが、亡くなった王妃の部屋を荒らすような捜索であった。
騎士達の滞在は十五分ほどだっただろうか。
ここにはいないと判断し、去って行く。
王妃の部屋に誰もいなくなったあとも、しばし沈黙は続いていた。
『えーっと、もう、大丈夫みたい』
ヨヨの呟きを聞いた途端、エルは安堵の息を零す。
だが、よかったとは言えない。
王城では、アルネスティーネを誘拐した者がいるだろうと想定し、騎士達が探し回っている。
街に戻っても、その状況は同じだ。
「さて、これからどうしようか」
八方ふさがりとは、このような状況を言うのだろう。エルは盛大なため息をつく。
このまま、ここで蹲っているわけにはいかないだろう。
どうすればいいのか、考える。
街に戻るのも、ここから出るのも非常に危険だ。
『もう、ここから正面突破するしかないのでは?』
フランベルジュの力任せとしか言えない意見は、すぐに却下した。
個人個人の戦闘能力は高いものの、どうしても数で負けてしまう。騎士が小隊でも率いてやってきたら、突破は困難となるだろう。
『王女サマが、迎えに来てくれたらいいんだけどねえ』
ヨヨは明後日の方向を向きながら呟く。
アルネスティーネが迎えに来ないということは、おそらく動けるような状況にないのだろう。
もしかしたら、ひとりにするのは危険だと判断され、安全な場所に隔離されている可能性がある。
『もしかして、打つ手なし?』
「いや、待って」
アルネスティーネは動ける状況にない。そのことに気づいたエルは、ある作戦を思いつく。すぐさま、提案してみた。
「ねえ、イングリット。わたし達は、ここから脱出しないといけない」
「そうだな」
「だったら、わたしに協力して」
「あ、ああ」
イングリットは力を貸してくれるというので、すぐさま作戦について説明する。
「わたしはアルネスティーネの振りをするから、イングリットは侍女の振りをして」
「え!?」
「ヨヨとプロクス、フランベルジュは、メイドの役。この前みたいに、みんなで協力して、変装するの」
『ええ、僕まで!?』
ヨヨは渋い反応を示したものの、プロクスとフランベルジュはやる気であった。
「イングリットのドレスは、この前、お祖父さんから貰ったものがあるでしょう?」
「そういえば、あったな」
エルの傍にいるならば、ふさわしい恰好でなくてはならない。フォースターはそう主張し、イングリットにドレスを贈ったのだ。
贈られたイングリットは大爆笑したのちに、「こんなの似合うわけがない」と包みすら開けようとしなかった。
「放置されていたイングリットのドレスは、わたしの魔法鞄に入れておいたの」
「そうだったんだな。しかし、この短い髪で侍女役が務まるものなのか」
男性並みに短くなった襟足を、イングリットは指先で摘まむ。
「イングリットの切った髪も取っているから、それを結んで付け毛みたいにしたらいいと思う」
「エルサン……私の髪まで取っていたんだな」
「だって、イングリットの髪、流れ星みたいできれいだし」
「そういう詩的な表現が、よく思いつくな」
エルは魔法鞄からイングリットの髪を取り出す。
しっかり紐で縛っていたので、ばらけていない状態であった。
プロクスに先端を持ってもらい、三つ編みにする。途中で、針金も一緒に編み込んだ。
続いてエルはイングリットの襟足をまとめ、そこに編んだ髪を重ねて紐で結んだ。三つ編みに通した針金を引っ張り、紐に絡めておく。こうしておけば、重さで落ちることもないだろう。
「おー、すごいな、これ。自分の毛みたいだ」
「いや、イングリットの髪の毛なんだけれど」
「切り落とした髪は、もうゴミみたいなもんだからさあ」
「なんでそういうこと言うの……」
エルはがっくりとうな垂れる。
と、のんびりお喋りしている場合ではなかった。魔法鞄の中から、イングリットのドレスを取りだした。
ついでに、魔石灯も取り出して周囲を明るくする。
「イングリット、これに着替えて」
「エルサン、本気で、私がそれを着るのか?」
「本気!」
「似合うとは、思えないのだけれど」
「似合う、似合わないの問題ではないの。イングリットは、これを着て侍女の振りをする。それ以上でも以下でもない」
「お、おお」
エルの迫力に圧され、イングリットは渋々ドレスを纏う。
「いやー、こういうの、本当、らしくないっていうか」
「ぼやかないの!」
フォースターはイングリットにふさわしいドレスを用意していたようだ。レースやリボンのない、シンプルな一着である。細身のシルエットで、長身のイングリットによく似合う。
「化粧は、イングリットに合うやつは持っていないから、口紅だけ」
「や、化粧はいいよ」
「最低限しないと、それらしく見えないから」
「う……はい」
エルは以前、シャーロットにもらった口紅をイングリットの唇に塗った。
それは真っ赤な色合いで、エルには大人っぽいと思っていたのだ。
想定通り、イングリットにはよく似合う。
「イングリット、きれい」
「そうかい」
イングリットは照れているのか、頬をほのかに赤く染めていた。