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少女と猫とお人好しダークエルフの魔石工房  作者: 江本マシメサ
第一部 少女はダークエルフと出会う
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少女は猫と共に村人を癒す

 黒斑病で死んだ村人は村外れに運ばれ、炎で焼かれる。

 その中には、鳥仮面の治療を受けた者もいるらしい。

 大金を支払ったにもかかわらず、完治しなかった。

 村人は鳥仮面の医師に疑念を抱いていたが、それが確固たる思いとなる前に村からいなくなったようだ。


 炎は燃え上がり、生が尽きた人の形をちりと化する。

 人は、あっけなく死ぬ。万能と云われている魔法でも、病魔には勝てない。

 唯一、奇跡の大魔法リザレクションを使えば寿命を永らえさせることも可能だが、病気がなくなるわけではない。生命力の源となる魔力を注ぎ、延命させるだけにすぎない。

 それに、リザレクションは使用者の魔力を大量消費するため、命の危機に陥ることがある。危険な魔法なのだ。

 そのため、怪我ならまだしも、病気の治療にリザレクションを使うことは推奨されていなかった。


 エルは回れ右をして、老夫婦の家に戻る。

 抗生物質の材料を採りに行っていたら、遺体を燃やす炎を発見してしまったのだ。

 もう、これ以上死なせはしない。きっと、治してみせる。そう、決意していた。


 エルは村ごと炎に焼かれ助けられなかった村人と、ここの村人達を重ね合わせてしまっているのだろう。


 見捨てたとしても、誰もエルを責めることはない。

 けれども、生涯「あの時助けていたら」と心の中に残ってしまう。

 もう二度と後悔したくない。そんな想いで、エルは今動いていた。


「感染拡大を避けるためには、まず家の中をきれいにしてもらって、布物をすべて煮沸消毒させなければ」

『ねえ、エル。どうやって、村人達に話を聞いてもらうの?』

「それは──」


 ヨヨの質問に、答えることができなかった。

 子どもの姿では、信用してもらえないだろう。かといって、鳥仮面を被って出て行ったら、きっと石を投げられてしまう。

 どうすればいいのか、考え事をしていたら老夫婦が声をかけてきた。


「お嬢ちゃん、何か困っていることがあるのかい?」

「ワシらで協力できることがあれば、何でも言ってくれ」

「まだ、起き上がったらダメなのに」

「おかげさまで、具合はいいんだよ」

「食欲もあるしな」


 正直、エル一人では村人達に話を聞いてもらうことは難しいだろう。

 老夫婦の協力のもと、話を聞いてもらうしかない。


「あの、わたしがまた、老婆に変装するから、村人に医者だと説明して、話を聞くように言ってほしいの」

「わかった。まずは、村長を通したほうがいい。夜も遅いが、緊急事態だ。今すぐ行ってみよう」


 抗生物質作りはヨヨに任せ、エルは老夫婦と共に村長の家に向かった。


 暗い中、魔石灯の灯りを頼りに進んでいく。

 村長の家は、村の中心にあった。

 家は灯りが灯されておらず、真っ暗である。扉を叩いて声をかけるが、反応はない。


「村長、ワシだ! 開けてくれないか!」

「ああ、あんただったか」


 白髪頭の老人が顔を覗かせる。村長のようだ。


「鳥仮面かと思っていた」

「あの者達は、もう出て行ったらしい」

「そうだったか。それより、どうかしたのか?」

「流行り病のことで話がしたい」

「治療についてならば、諦めてくれ。医者もお手上げて、鳥仮面はやぶ医者だった。うちの家内も感染してしまったんだが、治療後にかえって悪化しちまった」

「そのことについてだが、ワシらも感染したのだが、知り合いの魔女殿が病気を治してくれたんだ」

「な、なんだと!?」


 頭巾を深く被り、腰が曲がった老婆に扮したエルが会釈する。


「鳥仮面みたいに金を取るんじゃねえだろうな?」

「金は取る。診察と治療は命がけだからな」


 診察は銅貨三枚。薬代に銅貨七枚の支払いを要求する。

 何か仕事をした時には、対価を要求するように。それは、モーリッツの教えである。


「本当に、完治するのか?」


 エルは一歩前に出て、条件を出す。


「村長様の奥方を完治してみせるから。もしも治ったら、村人達に説明して、治療と病気にならない環境作りをしてもらいたいの」

「病気にならない、環境作りだと?」


 詳しい話を聞きたいので中に、と言われたが、エルは首を横に振る。

 病気を媒介するノミが家の中にいる可能性が高い。病人を外に連れ出すように指示した。


「こんな寒空の下に、おっかあを出すなんて」

「いいから、早く魔女様の言うことを聞くんだ」

「わ、わかったよ」


 エルは敷物を広げ、四方に火の魔石を置いて寒くないようにした。

 加えて、周囲が見えるよう、魔石灯の灯りを強くする。

 そうこうしているうちに、村長が妻を抱えてやってくる。


「うう……」

「おっかあ、魔女様が病気を治してくれる。もう少し頑張るんだ」

「村長さん、奥さんを、ここに」

「あ、ああ」


 村長は妻を優しく、敷物の上に寝かされた。


「これは──」


 村長の妻は重症患者だった。顔には内出血痕が見られ、首は血で真っ赤に染まった包帯が巻かれている。それから、指先が黒くなっていた。壊死えししているのだろう。


「鳥仮面が首の腫れを、ナイフで切ったんだ。でも、ぜんぜんよくならなくて」


 エルはまず回復魔法を使って首の出血を止め、傷を塞いだ。壊死している部分も、きれいに治した。


「奇跡だ……!」


 これくらいならば、基礎を学んだ魔法使いならば誰でもできる。

 ここから先が黒斑病の治療となる。

 患者の腹部に蜂蜜で魔法陣を描き、その上から抗生物質を垂らす。

 魔法の杖を振って、呪文を唱えた。


「──祝福よベネデッタ、不調の因果を癒やしませ」


 どうか、間に合ってくれ。そんな想いを託しながら抗生物質を体内へと送り込む。


 荒い息遣いをしていた村長の妻だったが、顔色がよくなって穏やかな寝息を立てるようになった。

 抗生物質はすぐに効果を現した。エルはホッと安堵あんどする。


「ああ、あなたこそが、救世主様だ!!」

「……」


 エルは救世主なんかではない。抗生物質を作れたのは、モーリッツが研究書を残していたからだ。だが、それを今語るつもりはない。


「他に、家に誰かいるの?」

「息子夫婦も病気になって、孫を三人預かっている」

「病気にはなっていないの?」

「いいや」

「だったらすぐに外に連れてきて。それから、家の中の布物を、煮沸消毒して。床は消毒液で磨くの」

「え?」

「病気は、ノミを媒介に感染する。だから、感染しないように、急いで!」

「あ、ああ」


 老夫婦の家でしたことと同じように、家の中をきれいにしていく。

 火の魔石を使って布物を煮沸消毒させ、風の魔石で乾燥させる。


 作業は夜明けまで続いた。

 老婆の振りがきつくなったエルは、村長にのみ正体を明かした。

 村長は驚いていたが、何も聞かずに感謝の言葉を述べるだけだった。


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