少女らは、王宮を目指し――
魔石バイクが、走り始める。
「んんっ!!」
アルネスティーネは目を閉じ、恐怖に耐えている様子だった。
『心配無用だ! 恐れることはない。俺様がついている!』
突然フランベルジュが喋り始めたので、アルネスティーネはギョッとした。
「え、今の男の人の声、何ですの!?」
「喋る剣だよ」
「喋るのは、猫だけではないのですね?」
「そっちのウサギのぬいぐるみも、喋るから」
「なんですって!?」
「ちなみに、竜は喋らないけれど」
「竜!? どこに竜がいますの!?」
『ぎゃう~(ここだよ~)』
「目を開けて確認したほうがいいのか、しないほうがいいのか……!」
ふと、エルは気づく。先ほどから、ネージュが一言も喋っていないことに。
「ネージュ、どうかしたの?」
『こんな……こんなことが……!』
「ネージュ?」
何やら、ぶつぶつと独り言を呟いていた。いったいどうしたのか。
話を聞こうとした瞬間、キキー!! という大きなブレーキ音と共に、箱の中が大きく揺れた。外から、「止まれ~い!!」という怒号も聞こえる。
耳を澄ましてみると、魔法騎士隊の取り締まりが行われているようだった。
「おい、兄ちゃん。なんだ、そんなに速く走って」
「何か、よからぬものを運んでいるんじゃないか?」
「は? 何言ってんだ? 頼まれたもんを、運んでいるだけだよ」
イングリットの男装は、相変わらず通用しているようだ。ダークエルフの女性だと、まったく気づかれていない。
魔法騎士と話すイングリットは、平然とした口調で言葉を返していた。
それにしても、運が悪い。魔法騎士隊が路上の取り締まりをしているなんて。エルは戦々恐々とする。
「王女殿下が誘拐されたんだ。ここを通る者を、全員調査している」
「へえ、それはそれは、ご苦労なこって」
アルネスティーネは自分から城を抜け出したのだが、いつの間にか誘拐騒動になっているようだ。
話を聞いたアルネスティーネは、顔色を青くさせている。
「箱の中にある荷物を、見せてもらおうか」
「なんでだよ。こちとら、王宮に頼まれたぬいぐるみを届けているんだ。配達が完了するまで、誰にも見せるなって言われているんだよ。ほら、証明書だってあるんだ」
イングリットは長いしっぽ亭の主人から預かってきた、王宮への通行証を見せているのだろう。
どうか、このまま通してくれ。エルは祈りを捧げる。
「本物かわかんねえな」
「隊長殿に確認してもらうしかない」
なんだか、嫌な予感がする。イングリットに逃げてと叫ぼうとした瞬間、聞いたことのある声が聞こえた。
「おやおやおや、そこの褐色のお兄さん、私が知っている女性に似ているな。よく、顔を見せてくれないかい?」
声の主は、ジョゼット・ニコルであった。
運が悪い。
イングリットもそう思ったのだろう。「悪い!!」と叫び、魔石バイクは急発進する。
「きゃあ!!」
箱が大きく揺れた。さすがのエルも、この状態は辛い。けれど、荒事になれていないアルネスティーネはもっと辛いだろう。
「アルネスティーネ、大丈夫! だいじょう……うぷ」
『エル、大丈夫?』
「辛い」
本日二度目の、急ブレーキが踏まれた。
箱は一回転しそうな勢いで、大きく揺れた。
「うわーっ!!」
「きゃあーっ!!」
おそらく、追い詰められたのだろう。
〝神速の炎槍〟と呼ばれるジョゼットから、逃げ切れるわけがなかったのだ。
「さて、そこまでして逃げる理由を、見せてもらおうか」
エルはイングリットに声をかける。
「イングリット、何もしないで」
「しかし――」
「イングリットが怪我でもしたら、嫌なの。お願い――!」
コツ、コツ、コツと、ジョゼットの足音が聞こえた。
箱の蓋が、開かれる。
「――おや、とてつもなく可愛いものが、詰まっているではないか! これは、本当に驚いた」
ジョゼットが嫌らしい笑顔を浮かべ、エルとアルネスティーネを交互に見る。
「どちらも連れ帰ったら、昇進できるかもしれない」
手を伸ばした瞬間、ネージュが鋭く叫んだ。
『この、無礼者!! 娘らに触れるのは、絶対に許さぬ!!』
いつものネージュと、様子が違っていた。
「ネージュ?」
そう呼びかけた瞬間には、姿が消えていた。
瞬きしたあとには、剣を抜いてジョゼットに斬りかかっていた。
「うわ、なんだ、このウサギは」
これまでのネージュの動きとは、まったく違っていた。
猛烈に、ジョゼットを攻めている。
「エル! アル! 大丈夫か?」
「私達は、この通り」
怪我もなく、無事だ。魔石バイクに酔ってしまったが、時間が経てば治るだろう。
「イングリット、どうする?」
「ネージュを置いてはいけない」
「わたしも、そう思う」
それにしても、ネージュはどうしてしまったのか。まるで、別人である。
「――お母様?」
「え?」
ネージュを見つめるアルネスティーネが、ポツリと呟いた。