少女は王女を城まで送る?
エルの手を握ったアルネスティーネは、少し照れくさそうに言った。
「あの、エルネスティーネ。これからも、わたくしと会ってくださる?」
「それはもちろん。けれど、どうやって会えばいいのか」
今日みたいに、城を抜け出すのはよくない。かと言って、城の中で堂々と会うわけにはいかないだろう。
今は、フォースターの屋敷も目を付けられている。『長いしっぽ亭』だって、これ以上迷惑はかけられない。
「でしたら、キャロルがいる国家錬金術師の塔はいかがかしら。あそこでしたら、騎士隊は入れませんし」
「どうして入れないの?」
「錬金術師と騎士は、相性が悪く、仲がよろしくないのです」
「そうなんだ」
屋内で静かに活動する国家錬金術師と、屋外で激しく活動する魔法騎士隊――同じ魔法使いであるものの、正反対の活動をしている。
解決方法も、国家錬金術師は頭脳を使い、魔法騎士隊は体を使う。
考えや活動指針からして、相容れない関係であるのだ。
「じゃあ、キャロルに連絡してみる」
「大丈夫ですわ。わたくしのほうから、お願いしますので」
「アルネスティーネがお願いしたら、命令になっちゃうでしょう?」
「そんなことは――あるかもしれませんわね」
この件については、エルのほうから許可を取ったほうがいいだろう。王女であるアルネスティーネが『お願い』したら、断れなくなるから。キャロルに選ぶ権利を与えたほうがいい。
「わかりました。では、エル。また、近いうちに会いましょう」
「わかった。それはそうと、アルネスティーネは、どうやってお城まで戻るの?」
「それは、歩いて帰りますけれど」
「さっき、あとを追われていたのに?」
「そう、でしたわね」
アルネスティーネは遠い目となる。
「頭巾を深く被ったら、大丈夫、かと」
「それだけでは、ダメだと思う」
「王女サマと似たような背丈の子どもは、性別問わず、すべて調べそうな勢いだな」
「わたくしが、本物の王女ですのに……! どうして、こんな噂が」
アルネスティーネは眦にじわりと涙を浮かべていた。
「なんつーか、箱入り王女サマが、よくひとりで抜け出して、エルのもとまでたどり着いたな。それだけでも、奇跡のようだ」
その言葉を聞いたエルは、ピンと閃く。
「わかった! 箱だ!」
「ん? エルサン、何か閃いた?」
「うん。アルネスティーネを箱に入れて、魔石バイクで王城まで運ぶの」
「ああ、なるほど。そういうことか!」
「あの、どういうことですの?」
いまいちピンときていないアルネスティーネに、エルが説明する。
最近、魔石バイクで行う配達が流行っている。長いしっぽ亭も、ぬいぐるみの定期検診用に使っているという。
大きな箱があるので、それにアルネスティーネを入れて王城まで運べばいいのだ。
「というわけなんだけれど、大丈夫そう?」
「まあ、乗っているだけでいいのならば、我慢しますが」
「よかった」
帰るのならば、早いほうがいいだろう。長いしっぽ亭の店主に許可を取り、魔石バイクに配達用の箱を取り付ける。
後部座席に固定された枠に、箱をぶら下げて運ぶ画期的な装置も、イングリットが考えたものであった。これも、荷運びを生業とする商会を中心に飛ぶように売れている。
アルネスティーネは初めて見る魔石バイクと配達用の箱を前に、目を丸くしていた。
「こんなに大きな物を、ぶら下げて運ぶことができるなんて」
「私とアルネスティーネが入っても、大丈夫そう」
「そうですわね」
イングリットがアルネスティーネを横抱きにし、箱の中へと入れた。すると左右に揺れ、アルネスティーネは涙目となる。
「な、なんですの!? こ、ここ、こんなに揺れるなんて!!」
魔石バイクを走らせたら、もっと揺れるだろう。
「うーん、そうだな。エルを入れたら、均衡が取れるかも?」
イングリットは隣にいたエルを抱き上げて、箱の中へと下ろした。すると、揺れがわずかに収まる。
アルネスティーネはエルに抱きついた。
「ちょっ、アルネスティーネ。抱きついたら、箱が傾く」
「これも問題だな。緩衝材が必要だ」
イングリットは近くにいたヨヨを抱き上げて、エルとアルネスティーネの間に置いた。手前にも空きがあったので、ネージュを詰めておく。
何か握る棒も必要だろう。そう呟き、フランベルジュを斜めにして入れた。
最後に、ちょっとだけ隙間が空いていたので、幼体のプロクスを填め込んだ。
「お、これでいい感じだな」
「ぎゅうぎゅうだけれど」
「こちらのほうが、安心しますわ」
「だってさ」
箱には持ち手の穴が開いているので、空気は問題ない。人工精霊を入れる箱なので、その辺の配慮もされているのだ。
「じゃあ、閉めるぞ」
「ゆっくり、閉めてくださいませ!」
「わかっているよ」
ぱたんと、箱は閉められる。中が暗くなり、アルネスティーネは握っていたエルの手を、さらにぎゅっと握りしめた。
「アルネスティーネ、大丈夫だからね」
「え、ええ」
長いしっぽ亭は入城許可を持っている。だからきっと、王城へ戻れるだろう。
「じゃあ、エル、アル、魔石バイクを動かすからな」
「わかった」
エルが、アルネスティーネに「アルはあなたのことだから」と囁く。すると、彼女も声をあげた。
「わ、わかりましたわ!」
「よし、出発だ」
魔石バイクは走り出す。王城を目指して。