少女は命運を知る
なぜ、ヨヨはエルの中にあったアルネスティーネと出会った記憶を消したのか。
その理由が、今、語られる。
エルが我を失わないよう、イングリットが背後から抱きしめている。準備は万全であった。
その様子に、アルネスティーネは面白くないような視線を向けていたが、今は気づかない振りをしておく。
前回のように、魔力を暴走させたら危険だからだ。
ヨヨはごほん、ごほんと咳払いし、話し始める。
エルは背筋をピンと伸ばして、聞く姿勢をとった。
『――エル、君は、この国を守護する大精霊が選んだ存在なんだ』
「え、何、それ」
『国の命運は、エルが握っている』
「どうして? わたしが、国の命運を、握っているの?」
『大精霊が、君を愛し、選んだからだよ』
胸が苦しくなったが、同時にイングリットがエルをぎゅっと抱きしめる。大丈夫だと言ってくれているような気がして、不安な気持ちが少しだけ和らいだ。
「なぜ、エルひとりだけが、選ばれましたの?」
アルネスティーネはもともとエルとひとつの存在だった。彼女らは、一卵性双生児である。
それなのに、大精霊はエルだけを愛した。
その理由についても、ヨヨは語り始める。
『この世界に生きとし生けるものは、死んだら新しい体を得て、生まれ変わるんだ。大精霊は、過去のエルを含めて、愛している。もちろん、それだけではない。現代、未来のエルも、含まれている。大精霊には、すべてが視えているんだ』
大精霊には、この国の終焉が見えていた。
ただそれは、世界の長い長い歴史の中で、よくあることであった。
『大精霊個人としては、国が滅びるなんてどうでもいい。けれど、それを愛するエルが嘆くのであれば、救うのもまたありだと思ったんだよ』
だから、大精霊はエルに国を救う力を託した。
『エルの特別な力が何かということや、滅びの理由は、僕も知らない。ただ、大精霊に近しい精霊や妖精には、エルを守るように、という命令が下っている』
「ヨヨも、大精霊の命令に、従っていたの?」
『いいや、僕は違う。個人的にエルを気に入っているから、傍にいるだけ』
「そうだったんだ」
大精霊の命じた義務で傍にいるのではないとわかり、エルはホッと胸をなで下ろす。
「エルネスティーネが、わたくしと離れ離れにされたのは、大精霊の干渉でしたの?」
『いいや、それは違う。その点は、国が勝手にしたことだ。基本、大精霊は人に干渉しない』
「なるほど」
つまりフォースターの暗躍も、彼の意思であったと。
その辺は、大精霊の影響であってほしかったと内心思うエルであった。
『エルの記憶を封じた理由は、まあ、エルが魔力を暴走させてしまったからなんだけれど。双子のお姉さんについてや、国の命運を握っていることに関しては、もう少し大きくなってから知っても遅くないかな、と思ったんだ』
エルは王都にやってきて、一年も経っていない。
そこで父の死を知り、肉親と出会い、母の悲痛な最期を知った。
短い期間で、さまざまなことが起こり過ぎていたのだ。受け止めきれないのも、無理はない。
国の命運を握っている事実など、少女ひとりが抱えていいものではないとヨヨは判断したのだろう。
『とまあ、エルの記憶を消した理由は、こんな感じ。これでいい?』
「わかった。ヨヨ、ありがとう」
エルが手を伸ばすと、ヨヨは少し照れくさそうにやってくる。
全身ふわふわのその体を、ぎゅっと抱きしめた。
エルの心を守ろうと頑張ってくれたヨヨに、深く感謝する。
「ヨヨ、私は、大丈夫だからね。イングリットや、みんながいるから」
『そっか。よかった』
納得しないのは、アルネスティーネであった。
「なんで、エルネスティーネにばかり、辛い所業を背負わせますの? 理解が、できませんわ」
『大精霊は、人の心を持っていないからね。その辺は期待しないほうがいいかも』
「そうですけれど……! わたくしは、ずっと、ひとりだと思っていて……」
両親から愛されず、祖父であるフォースターからも拒絶され、孤独を噛みしめながら生きていた。
「エルネスティーネがいたら、わたくしは、寂しくなかったのに」
「アルネスティーネ……」
自分の片割れ――アルネスティーネ。
こうして見つめていると、不思議な気持ちになる。
鏡を覗き込んでいるかと思うほどそっくりなのに、彼女はエルではない。
「わたし、あなたのことが、知りたい」
「エルネスティーネ。わたくしを、憎らしく思いませんの?」
「憎らしくはないけれど、どう思っているかは、よくわからない。不思議だな、とだけ」
「そ、そう」
だから、詳しく知りたいのだ。
エルが差し伸べた手を、アルネスティーネは警戒しつつ握る。
別れ別れだった存在は、時を経てひとつとなった。