少女は未来について話す
ドワーフはエルの作る料理や菓子をたいそう気に入ったよう。作業効率も上がり、『長いしっぽ亭』の店主に感謝されたくらいだ。
誰かに喜んでもらえるというのは、心が満たされる。
しかしながら、毎日は喜びを感じるばかりではない。心配事も、いまだある。
依然として、街には巡回の魔法騎士がいるという。
フォースターは窮地に追い込まれているものだと思いきや、上手いことやっているらしい。ジョゼットの追及をひらりとかわし、のうのうと暮らしていると。
よかったと思えばいいのか。少しくらい、ジョゼットに迫られて困っていたらいいのにと思うエルであった。
レイヤード子爵も、大丈夫なのか心配していた。しかし、エルとイングリットの関係は周囲にバレていない。そのため、今のところ魔法騎士が押しかける事態にはなっていないという。
相変わらず、イングリットが作った魔石バイクは売れているようで、追加の報酬があったという。
小切手の金額を見たイングリットは、「十年くらいぐうたら暮らせるな」となどと呟いていた。
しかし、目的もなく暮らす日々は物足りない。
イングリットも同じことを思っていた。彼女は、根っからの職人なのだろう。
けれど、今は動かないほうがいい。
もうしばし耐え忍ぶときだ。そう、言い合っている。
◇◇◇
高い塀に囲まれた庭で、エルは育てている薬草に水やりをする。
数日前にまいた種が、今日の朝芽吹いたのだ。
成長を見守るのは、エルのささやかな趣味となっている。
雑草をプチプチと抜いていたら、イングリットがやってきた。
「イングリット、休憩?」
「ああ、そうだ。ドワーフのおっさん達、エルが作ったドーナツを、キラキラした目で食べていたぞ」
「それはよかった。イングリットの分もあるよ」
庭へ出るための扉は、台所に繋がっている。エルは戻って、お昼前に作ったドーナツとベリージュースを庭に持ってきた。
外出ができないので、庭は唯一出られる屋外である。エルとイングリットは庭へと下りる階段に座って、日なたぼっこをしつつ休憩をしていた。
贅沢にチョコレートがけをしたドーナツは、おいしく仕上がっていた。
「仕事疲れに染み入るような、絶品ドーナツだな。ドワーフのおっさん達がキラキラした目で食べるわけだ」
「たくさんあるから、食べてね」
「エル、ありがとう」
塀の向こう側は、『長いしっぽ亭』の路地裏である。店も数軒あるので、人通りはそこそこあった。
道行く人達の声が聞こえる。今日の夕飯の話や、給料が上がった、野菜が安かったなど、実に平和な会話であった。
もう、外の世界にエル達を探す魔法騎士などいないのではと、錯覚してしまう。
「イングリット、ここに、ずっといるわけにはいかないよね?」
「そうだな」
「何か、考えている?」
「うーん。難しいな」
ひとまず、魔石バイクの著作料などで金は貯まった。王都にいる必要はないのではないか。イングリットはそのように考えているという。
「旅に出て、各地を転々とするのもアリかもしれないな。いろいろと、落ち着かないかもしれないが」
「何が、落ち着かないの?」
「寝る場所とか」
「ああ、なるほど」
旅をしていたら、自ずと野営が多くなる。
満天の星の下に眠ると聞けばいいかもしれないが、虫はいるし、魔物は通りかかるし、暑いし寒いし。安心して眠れるものではない。
「だったら、空間魔法を使った、部屋型のテントを作ってみるのはどう?」
エルの魔法鞄に似た魔法構造にして、外にいるのに屋内にいるような空間を作り出す。そんな魔技巧品があれば、冒険は快適になるだろう。
「エル、天才か?」
「作れそう?」
「いや、わからん。ちょっと考えてみる」
「うん。期待しないでおく」
「ちょっ、酷いな、エルサン」
「嘘。イングリットなら、もしかしたらできるかもって、ちょっとだけ期待している」
「ちょっとだけかよ。悔しいな。絶対作ってやる」
イングリットはやる気を見せる。休憩している時間も惜しいと言い、手にしていたドーナツを一口で食べた。
「工房で、ちょっとアイデアを練ってくるわ」
「イングリット、無理はしないでね」
イングリットはエルの頭をぐしゃぐしゃ撫でる。にっと微笑むと、部屋へ戻っていった。
「……別に、もう王都にいる必要はないよね」
エルは独りごちる。
もう、探していた父はいない。
家族には会えたが、今更本当の家族になれるわけがなかった。
「お祖父さんは、きっと独りでも大丈夫」
だから、エルが王都にいる必要はない。
そんなことを考えていたら、平和な路地裏に悲鳴が聞こえた。
年若い、少女の声である。
「違うって、言っていますでしょう!?」
声を聞いた瞬間、エルの心はドクンと大きな鼓動を打つ。
いけないとわかりつつも、塀に台を持って行って、路地裏を覗き込んだ。
「待て~~~~!!」
「こっちにこないで!!」
叫ぶ少女を見て、エルはヒュッと息を飲み込む。
追っ手を逃れて走る少女は、エルとまったく同じ銀色の髪に、容貌を持っていた。