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少女と猫とお人好しダークエルフの魔石工房  作者: 江本マシメサ
第三部 少女はダークエルフと共に、魔石工房を作る!
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少女は新しい居場所を得る

 ヨヨとは無事に合流できた。問題は、これからどうするか、である。

 フォースターのもとには、魔法騎士が殺到しているだろう。しばらく、帰らないほうがいい。

 グレイヤード子爵家にも、近寄らないほうがいい。迷惑をかける可能性がある。


「イングリット、これからどうする?」

「そうだな……」


 王都へはいられない。かと言って、洗熊妖精のもとへ行った結果魔法騎士が押しかけるような事態になったら申し訳ない。


「しばらく、大迷宮に潜るか……」


 大迷宮――それは以前、エルとイングリットが魔石バイクの材料を集めに向かった場所だ。通称『生きている迷宮』とも呼ばれ、入る度に形や魔物が変わるという、謎に包まれた空間である。


 エルは大迷宮での記憶を思い出し、苦虫を噛み潰したような気持ちとなった。


「エル、嫌そうだな」

「そんなこと、ないよ」


 姿を隠すのが目的であれば、大迷宮ほど都合のいい場所はないだろう。


「あとは、私の故郷くらいしかないが、あそこは閉鎖的な場所だからな。エルが居心地悪く思ってしまうかもしれない」

「うん」


 エルが生まれ育った森の近くにある村もそうだった。よそ者を受け入れず、内々の者だけでひっそりと暮らしていた。彼らはそうして、自分達の生活を守っているのだろう。


「あとは――」

「ここに来るまでに、お世話になったおじいさんとおばあさんがいる村があるの。そこだったら、匿ってくれるかもしれない。けれど……」


 そこの村で、エルは黒斑病の治療を行った。もう二度と、その地に足を踏み入れないつもりで行ったのだ。

 黒斑病の治療について聞かれたら困る。イングリットに相談したが、エルと同じ意見であった。


「なんていうか、私達、本当に居場所がないんだな」

「そうだね」

「だったら、ここで働くか?」


 その提案をしてきたのは、『長いしっぽ亭』の厳つい顔の店主であった。


「でも、わたし達を匿っているのがバレたら、大変じゃないの?」

「気にするな。我々は大量の税金を払っている。国が手出しできない、唯一の店なのだ」

「そうなんだ」


 エルはイングリットのほうを見る。目が合うと、コクリと頷いていた。


「工房はいつでも人手不足だ。手伝ってくれるのであれば、ありがたい」

「いいの?」

「ああ。生活は二階ですればいい。今は、誰も住んでいないから」


 またとない条件である。イングリットとエルは、即座にお願いしますと頭を下げた。


 ◇◇◇


 『長いしっぽ亭』の職人であるドワーフは、衣食住を自分達でまかなっているようだ。

 食事は交代で作り、住処は王都の郊外に穴を掘って暮らしているのだという。毎日通勤しているようだ。

 イングリットは工房の助手、エルは炊事、洗濯を担うこととなった。

 フランベルジュは『長いしっぽ亭』の屋根に登って見張りを行い、ネージュは店頭でぬいぐるみの振りをしつつ敵襲に備える。プロクスは工房で火の番を行う。


 エルはヨヨと共に台所のほうへと向かう。すると、突然「うっ!」とうめく。異臭が漂っていた。

 恐る恐る覗き込むと、おおよそ想像通りの汚い台所であった。 

 床は油でギトギト。洗っていない皿は山のように重なり合い、異臭の正体は放置された鍋からであった。


 エルが大嫌いな、不衛生な台所である。


「……」

『えっと、エル、大丈夫?』

「……、……きゃ」

『え?』

「ここを、きれいにしなきゃ」


 そう呟くやいなや、エルは台所に火と風の魔石を放り込んだ。熱風が生まれ、台所の汚れが浮き出る。


『うわっ、熱っ!』


 エルは長い髪の毛を結び、イングリットの使っている作業用のメガネを装着していた。口元には布をあてて、後頭部で結ぶ。そして、右手にはモップを、左手にはブラシを持ち、台所へと戻ってくる。


『えっと、エル。僕は、何か手伝うことはある?』

「ヨヨは毛が汚れるから、台所に入ってこないで」

『了解』


 それから、エルの掃除が始まった。

 火の魔石と水の魔石を使い、湯を作る。そこに、薬草石鹸を混ぜてぶくぶくに泡立たせた。それで、床を猛烈な勢いで磨く。


 ベタベタなのは、床だけでなかった。作業用の調理台や棚に至るまで、油が跳びはねて汚れていたのだ。


 一心不乱に、ごしごし磨いていく。

 鍋や皿も、熱湯に浸けてから洗い、調理台に並べていった。

 大きなかまどがあったが、内部は灰が詰まっていて使用できる状態ではない。エルは「嘘でしょう」と呟きつつも、すぐに灰をかき出す。ブラシで磨いて、きれいな状態にした。

 食材はほとんど腐っているか、かぴかぴに乾燥している。エルは容赦なく、処分した。

 三時間ほどで、台所は美しい姿を取り戻す。


「やっと、終わった」

『さ、さすが、エル……!』


 休んでもいられない。昼食を作らなければならないのだ。

 食材は、エルが持っていたものを使う。

 まず、発酵しないパンを焼く。

 それから、乾燥野菜とベーコンを使ったスープを作った。

 料理が完成したのと同時に、昼を知らせる鐘が鳴る。

 ドワーフ達が、昼食を求めて食堂へとやってきた。


『おお、うまそうな匂いがするぞ!』

『おお、おいしそうな料理だ!』

『おお、こんな料理の数々、王都にやってきてから初めてだぞ!』


 いったい、今までどんな食生活をしていたのやら。

 それに、あの台所でどんな料理を作っていたのかも気になる。


 ひとまず、喜んで食べてくれたので、エルはよしとした。

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