少女達は、変装する
プロクスも、変装に加わりたいと主張する。迷った挙げ句、足下を任せることとなった。
中型に変化したプロクスがエルを肩車し、さらにエルがネージュを肩車する。そして、上から男性用の外套を着込むのだ。
さすれば、頭部はウサギ、胴体は人間、足下は竜という、謎の生命体が完成する。
イングリットよりも背が大きくなった。
「ねえ、イングリット、どう?」
「そうだな。背筋が曲がって見えるから、フランベルジュを背中に差しておこう」
イングリットは外套にフランベルジュを差し込んだ。すると、背筋がピンと伸びたように見える。
「イングリット、今度は?」
「うん。普通にいい感じだな」
「でしょう?」
街には多くの獣人が歩いている。誰も、引き留める者などいないだろう。
「もしも喋りかけられたときは、フランベルジュが返事をすればいい。ネージュはフランベルジュの喋りに合わせて、口をパクパク動かしてくれ」
『わかりましたわ』
「じゃあ、練習してみよう」
イングリットが、エルとネージュ、プロクスとフランベルジュ扮する謎の生命体に声をかける。
「もし、道を聞いてもよろしいか?」
ネージュは頷いたが、フランベルジュ『道はどこでも繋がっている! ゆけ、若者よ!』と言葉を返した。動作と喋りが、あべこべだったのである。
「イングリット、どうだった?」
「いや、最高に面白いことになっていた」
「えっ、どんな?」
「ネージュはこくりと頷いたのだが、フランベルジュは見当違いの言葉を発した」
「あー……」
フランベルジュの喋りに合わせて口を動かすのも、なかなか難しいことであった。
結局、ネージュの口元に布を巻いて、見えないようにした。
「次は、動きだな。歩いてみてくれ」
「わかった。プロクス、行くよ」
『ぎゃーう(はーい)』
通常、歩行をするさいは、左右の手足を交互に動かす。だが、エルが動かす手と、プロクスの動かす足が、まったく同じタイミングで前に出ていたのだ。
ここでも、イングリットは噴き出す。
「待て待て。エル、プロクス、手足の動きが一緒になっているぞ」
「難しい」
『ぎゃう(同じく)』
一時間ほど、喋りと動作について練習した。その結果、そこそこ息が合うようになった。
『我の名前は、ネフエル・プロクスだ。王都には、ご主人の付き添いでやってきた』
喋りに合わせて、ネージュは首を動かす。エルは片手を挙げたり、胸に手を添えたりして、喋りに合わせて身振り手ぶりをする。プロクスは足を揃えたり、広げたり。違和感のないよう動かしていた。
ちなみに、ネフエル・プロクスというのは、変装した全員の名前で作った偽名である。
「イングリット、どうだった?」
「いい感じだ」
「よかった。じゃあ、ヨヨを迎えに行ける?」
「ああ」
その前に、イングリットの男装はどうなのか。エルは服の隙間から、確認する。
「声は、女性にしては低いし、がに股だし、仕草は男っぽいし……問題ないね」
「なんか、問題が大ありな気がするんだけれど」
「気のせいだよ。早く、ヨヨを迎えに行こう」
「そうだな」
イングリットと変装したエル達は、急ぎ足で王都の長いしっぽ亭へと向かった。
一歩街に踏み入れた途端、いつもと雰囲気が異なることに気づく。
明らかに、巡回している騎士の数が多い。
すぐ近くで、年若い母子らしき二人組が騎士に引き留められていた。エルとイングリットの特徴に近い者達は、もれなく聴取されてしまうのだろう。
男にしか見えないイングリットと、獣人の姿と化しているエル達を気にする騎士はいなかった。
貴族街のほうへ行くと、いささか騎士の数は減る。
ホッとしたのもつかの間のこと、背後より声をかけられた。
「そこの二人組、止まれ!!」
エルはびくっと体を震わせたが、イングリットは無反応だった。気だるげな様子で、振り返る。
「なんすか?」
「人を捜している。ダークエルフの女と、銀髪の少女を見かけなかったか?」
「あー、見かけたような、見かけないような」
「どこで見た!?」
「うーん」
「早く言え!」
イングリットの言い回しは、実に上手い。なかなか答えようとしないので、騎士は苛立って「もういい!」と言って去って行った。
肩を竦めるイングリットを、エルも真似た。
ようやく、長いしっぽ亭にたどり着いた。入り口には、営業中の札はかかっていない。しかし、イングリットは気にも留めずに扉を開いた。
中には、いかつい顔の店主がいた。
「貴殿らは――?」
「おじさん、私!」
エルがひょっこり顔を出すと、いかつい表情が少しだけ和らいだ。
「ということは、そっちの男はダークエルフか?」
「そうだ」
耳飾りを外してみせると、店主はハッと目を見開く。
「魔道具か?」
「ああ。新作だ」
ぬいぐるみが飾られた棚から、ヨヨを発見した。へそを上にして眠っていたので、ヨヨの名を叫んだ。
「ヨヨ、きたよ!!」
『うわっ!!』
元気のよさに驚き、ヨヨは棚から転げ落ちそうになる。
『エル! ……エル?』
「そうだよ、私だよ」
『なんか、姿がおかしいけれど、洗熊妖精の村で魔改造されたの?』
「違う。これは変装」
イングリットがネージュをスポンと取り外す。エルはプロクスから下りて見せた。
『ああ、そういうことね』
エルは棚にいるヨヨを抱き上げ、ぎゅっと胸に引き寄せた。
「ヨヨ、お待たせ」
『うん、待っていたよ』
ヨヨとの再会に、エルは心から安堵した。