少女一行は、事件に巻き込まれる
プロクスに乗って王都に戻ってきた一行だったが、ある問題を目の当たりにする。
『ぎゃーう、ぎゃう、ぎゃう、ぎゃーう!!(大変、お屋敷の周りに、魔法騎士がいっぱい!!)』
「うわ……」
「やられたな」
一応、大切な私物やイングリットの魔技巧品の権利書や設計図などはエルの魔法鞄の中に入っていた。
問題は、ヨヨがいまだ屋敷の中にいるということ。
『ぎゃう、ぎゃううう(ひとまず、王都上空から撤退するね)』
「頼む」
ショックで黙り込んでいるエルの代わりに、イングリットが返事をした。
王都の郊外まで飛んで、開けた場所で着地する。
エルはプロクスから下りるなり、イングリットに抱きついて涙ながらに訴える。
「イングリット、どうしよう。ヨヨが、ヨヨが……! もしも、ジョゼット・ニコルに誘拐されていたら――!」
ヨヨは魔石バイクで出かけると言ったら、振り落とされたら怖いから留守番しておくと言ったのだ。
魔法鞄の中に入れておいたら振り落とされることはない。無理矢理にでも連れて行けばよかったと、心から後悔する。
ぶるぶる震えるエルを、イングリットは優しく抱き返す。
背中を撫でながら、落ち着いた声で話しかける。
「エル、落ち着け。大丈夫だ。ヨヨとは、契約で結ばれているんだろう?」
「う、うん」
「だったら、魔力を探って、意思の疎通ができるはずだ」
「や、やってみる」
気が動転していて、魔力を探ってヨヨの状態を調べられることについて失念していた。
エルはその場に座り込み、ヨヨの魔力を探った。そして、意思の疎通を試みる。
「ヨヨ、ヨヨ、聞こえる?」
『あ――エル! 聞こえるよ!』
「ヨヨ!!」
ヨヨの声が聞こえた。エルはイングリットのほうを見つめ、ヨヨの声が聞こえたと身振り手振りで示す。
「ヨヨ。お祖父さんの家、ジョゼットが率いる魔法騎士に囲まれているでしょう?」
『うわ。やっぱり何かあったんだ。なんか、嫌な予感がして、屋敷を抜け出したんだよね』
「そうだったんだ」
『でもなんで、彼女が押しかけてきたの?』
「洗熊妖精の森で、ジョゼット・ニコルに会ったの」
ジョゼットに出会い、追い返したという事の経緯をヨヨに伝えた。
『あー、それは、仕方がないね。フォースターには、犠牲になってもらおう。エル、心配はいらないよ。フォースターはああいう荒事に慣れているから』
「うん、そうだね」
フォースターには悪いと思いつつも、今は謝りに行っている場合ではないだろう。
「それにしても、ヨヨが無事で、本当によかった」
『勘が当たってよかったよ』
ホッと胸をなで下ろす。エルの心配は杞憂に終わった。ヨヨは無事だった。さすが、人の悪意に敏感な妖精である。
「それで今、どこにいるの?」
『長いしっぽ亭で、ぬいぐるみの振りをしているよ』
「わかった。今から、迎えに行くから」
『あ――ちょっと警戒しておいたほうがいいかも。なんか、街中がおかしかったから』
「おかしい?」
『うん。騎士や魔法騎士が、うじゃうじゃいるんだ。エルとイングリットを探しているのかもしれない』
「そっか。ヨヨ、ありがとう」
『僕がそっちに行こうか?』
「どうしよう……」
イングリットにどうすればいいのか、相談する。
「そうだな……。一度、長いしっぽ亭の店主に、相談したほうがいいかもしれない」
前回も、長いしっぽ亭の店主はエルとイングリットを匿ってくれた。今回も、何かしら力を貸してくれるだろう。
「じゃあ、わたし達がヨヨのところに行ったほうがいいってことだね」
「そうだな」
イングリットと話し合った結果を、ヨヨに伝える。
『だったら、変装をしたほうがいいかもしれないね』
「わかった。迎えに行くまで、時間がかかるかもしれないけれど」
エルとイングリットの特徴は、十代前半の頭巾を深く被った少女とダークエルフの成人女性だろう。
その特徴からほど遠い存在になる必要がある。
エルはこれまで伸ばしていた長い髪を掴み、イングリットに提案する。
「イングリット、わたし、髪を切って少年になる」
「いやいや、待て待てエルサン。そこまで伸ばした上にきれいに手入れをしている髪を切るのは、もったいない」
「そう?」
イングリットは深々と頷く。
「それに、魔法を使うから、髪は長いほうがいいだろう?」
「それはそうだけれど……」
髪は魔力をよく通す。そのため魔力が流れる大地より、多くの魔力を吸収できるよう、魔法使いは髪の毛を長くしている者が多いのだ。
「エル、髪を切るのは、私のほうだ。男装すれば、捜査をかいくぐれる」
「イングリットもダメだよ! 魔法を使うでしょう?」
「私の魔法の矢は、付与できる量が限られているんだ。長い髪は必要ない」
「でも、長い髪、似合っているのに」
「短い髪も、似合うかもしれないだろう?」
「それは……そうかもしれないけれど」
イングリットはナイフを取り出す。髪を結んだ紐を解き、刃を入れた。
ぷつん、ぷつんと、髪は切れていく。
「あ……ああ……!」
あっという間に、イングリットは長い髪を切ってしまった。
エルはどうしてか、悲しくてたまらなくなる。
「そんな顔をするなよ、エル」
「だって、だって……!」
「風呂のとき髪を洗うのも、乾かすのも面倒だったんだ。だから、気にするなよ」
こざっぱりしたイングリットは、微笑みながら言った。