少女一行は、衝撃を受ける
アイスクリームで体を冷やし、しっかり補給を終えてから先へと進む。
『あと少しだ』
『もうひと頑張りっす!』
炎のスライム戦を乗り越えてから、ギイとモンの警戒心が解かれたように思える。
頻繁に、声をかけてくれるようになった。
それから二時間後。休憩を挟みつつたどり着いた聖樹の森は――。
「え……嘘、でしょう?」
何者かに荒らされ、一本も残っていなかった。
『な、なんだ、これは!?』
『いったい、何があったんすか!?』
大きな穴が、当たりにボコボコと空いていた。聖樹を、根こそぎ掘り返したのだろう。
イングリットはしゃがみこみ、聖樹を掘り返した土に触れた。
「掘り返してから、ずいぶんと経っているな。おそらく、半年以上前だろう」
「そんな……!」
ここには、千本以上の聖樹があったらしい。洗熊妖精は十年に一度、聖樹を切り倒して、村へ持ち帰っていた。
聖樹はまるまる家の資材として使うのではない。ちょっとした木の枝でも、充分効果を発揮する。
聖樹は育ちにくく、成長も遅い。発芽から百年経っても、子どもの背より大きく育っていない個体のほうが多いくらいだ。
洗熊妖精は、長年聖樹の世話を行ってきたらしい。植樹も行い、なんとか個体数を増やそうとする努力も行ってきた。
それなのに、聖樹が生えるこの地は、無残にも荒らされているのだ。
ギイは開いた穴をくんくん嗅いで叫んだ。
『人間だ!! 人間の臭いがする!!』
「えっ!?」
モンも同じように臭いを嗅いで、こくりと頷いた。
「人間が、ここにあった聖樹を切り倒したというのか?」
「酷い……!」
『あっ!!』
モンが突然叫ぶ。どうしたのかと聞いたら、モンは震える声で答えた。
『たしか、聖樹を核として、悪意ある者を寄せ付けない結界がかけられているって、祖母ちゃんが言っていたような』
「もしかして、洗熊妖精の村の近くにある魔石を採るために、聖樹を掘り起こしたの?」
『わ、わかりません』
聖樹自体も、大変貴重な品だ。
「聖樹を必要とする者と、魔石を必要とする者。ふたつの勢力の利害が一致した結果かもしれないな」
「うん……」
エルは聖樹が掘り起こされた穴の前にしゃがみ、残滓魔力を探る。手帳を取り出し、それを魔方式にした。さすれば、王都に戻ったときに探すことができる。
その魔方式は、エルが知る魔法使いの誰でもない。
ほんのちょっとだけ、ジョゼット・ニコルが犯人なのではと思ったが、彼女の魔力はどこにも残っていなかった。
「犯人は、かならず見つける」
『嬢ちゃんが、か?』
「うん」
聖樹が根っこを生やしたまま保存されているのであれば、植樹させてやる。エルは怒りを抑えつつ、決意を語った。
『俺も行く』
『おいらも!』
ギイとモンも、犯人捜しに協力してくれるという。
「いいの?」
『荒らされてばかりで、腹が立っているんだ!』
『ギャフンと、言わせてやるっす!』
「ふたりとも、ありがとう」
まずは、洗熊妖精の村長に報告する必要があるのだろう。
村に戻ることとなった。
◇◇◇
「――というわけで、聖樹は根こそぎ盗まれていたの」
『そう、だったのか』
聖樹の守りについて、村長の代には正確に伝わっていなかったらしい。そのため、聖樹がなくなり、結界が解けたことに関して気づかなかった。
『腹立たしいが、結界について把握していなかった我らの落ち度でもある』
何か、結界の代わりになる媒体が必要だと、村長は呟く。
『しかし、聖樹同等、それ以上の媒介となると、世界樹くらいしか……』
世界樹――それは月から降り注ぐ魔力を集め、世界中に張り巡らされた根から魔力を供給する、この世の核となるものだ。
世界樹と聞いて、エルはピンとくる。
魔法鞄の中に入れっぱなしだった杖を取り出した。
「これ、世界樹を使って作った杖なの。結界に使えない?」
『なっ、世界樹を使って作った杖だと!?』
大迷宮で拾った、虹色水晶杖である。持ち主不明のまま、ずっとエルが持ち歩いていたのだ。
基本的に、大迷宮で拾ったアイテムは拾得者の物となる。どう使おうが、自由なのだ。
村長に虹色水晶杖を手渡す。手に取った瞬間、『間違いない。これは世界樹を使った杖だ』と呟く。
『本当に、いいのか?』
エルはイングリットを見る。イングリットも、コクリと頷いた。
「いいよ。使って」
『感謝する』
虹色水晶杖はすぐに新しい結界を造る媒体へと使われるようだ。洗熊妖精の術者の手に渡る。
『なんと礼を言っていいのやら』
「聖樹を奪ったのは、人間だし」
村長は首を振る。エルは確かに人間だが、聖樹を奪った人間ではない。
『それくらいは、わきまえておる。まあこれも、恩としておこう』
「恩だなんて」
聖樹の調査に、ギイとモンを連れていくことを報告したら、村長は他にも必要かと聞いてくる。
「とりあえず、大丈夫。大勢の洗熊妖精を引き連れていたら、王都で目立つし」
『それもそうだな』
ひとまず、王都に戻って聖樹について調査しなくては。
一行はプロクスの背に乗り、王都へ戻ることとなった。