少女一行は洗熊妖精の村を再訪する
ジョゼットが撤退し、気配が完全に消えた途端、洗熊妖精の数が減った。
実際の数は、三十に満たなかったようだ。
「あれ、幻術だったんだ」
「幻術でかさ増ししていたとは、やるな」
森の中という洗熊妖精の本拠地だからこそ、通用した戦術である。
それ以外の場所では、見破られていただろう。なかなか賢いと、エルは思う。
鋭い視線を感じ、エルは洗熊妖精を見る。
まだ、抜いた剣を鞘に収めていなかった。
「洗熊妖精は、わたし達を助けにきたわけではない、みたい?」
「だな」
洗熊妖精達は、エルやイングリットにも、警戒の視線を向けていた。
「さすが、洗熊妖精だね」
「まあ、一度手と手を取って和解していても、裏切る奴は裏切るからな」
エルは距離を取った状態で、洗熊妖精へ声をかける。
「わたし達は、あなた達に依頼をしにきたの」
『何を依頼するって言うんだ』
「家! 森の中に工房を開きたいから、造ってもらいたくて」
エルの主張を聞くやいなや、集まって相談を始める。待つこと五分、ついてくるように言われた。
イングリットは魔石バイクから降り、手で引きながら歩く。エルはその隣を、てくてく歩いていた。
「イングリット、魔石バイク、重たくない?」
「大丈夫だ」
試作品一号の魔石バイクは、市販されている物よりも一回り以上大きい。見た目はカッコイイものの、重量感がある。
イングリットはこのデザインを気に入っていたようだが、女性や子どもには扱えないだろうという点から、小型で安定感があるデザインに作り直したのだ。
「いつか、わたしにも乗れるかな」
「地面に足が着けば、エルにも乗れるさ」
エルはチラリと、イングリットの長い脚を見る。
このように、背はすらりと伸びるだろうか。
母親の姿を知らないので、自分の将来がまったく想像できないでいた。
「わたし、イングリットみたいに背が伸びるかな」
「私より高くなるかも?」
「そうなったら、毎日イングリットをよしよししてあげる」
エルの言葉を聞いたイングリットは、快活に笑った。
森に連れてきてから、イングリットは元気になったように感じる。
やはり、王都での暮らしが窮屈だったのか。もっと早く、フォースターの家を出ればよかったと、エルは思う。
と、考え事をしているうちに、洗熊妖精の村にたどり着いた。
そのまままっすぐ、村長の家に案内された。
「――というわけで、フォースター公爵の領地に、工房を造ってほしいの」
『ふむ』
対価は魔石である。エルはこれまで作り貯めていた、炎、氷、嵐、輝きの魔石など、貴重な魔石を差し出した。
「まだ、足りない?」
『いや、充分だ』
まず、どういう家がいいのか、希望を聞かれる。
「一応、これ、イングリットが描いた設計図と間取りなんだけれど」
イングリットが長年住んでいた長屋に似た、二階建ての工房がいいと話し合っていた。
魔石を保存する地下も必要だと伝えておく。
『なるほどな』
一ヶ月ほどで完成するらしい。他に、テーブルや椅子、棚などの家具も頼んだ。
村長はオプションについても、詳しく説明してくれた。
色を変えられる家具に、動く床、強制目覚ましつきの寝台など。
『もしも、工房に不可視の魔法をかけたいのならば、聖樹が必要になる』
「不可視の魔法?」
なんでも、人や魔物の視界に映らない魔法があるらしい。
「イングリットどうする?」
「そうだな。来客が頻繁に来る場所ではないし、さっきのジョゼット・ニコルみたいに、襲撃されたら、困るもんなあ」
「そういえば、王都のフォースター、大丈夫かな」
「あんまり、大丈夫じゃないかもな」
エルはフォースターがいる方向を向き、手と手を合わせる。どうか、無事でありますようにと切実に祈った。
こういうことがあろうかと、イングリットの設計図や、報酬など、大切な物はエルの魔法鞄に詰めておいたのだ。
改めてフォースターの屋敷に戻って取りにいかなければならない品は、特にない。
「お祖父さん、今頃、ジョゼット・ニコルに押しかけられて、事情聴取されているかも」
「しかしまあ、なんとか乗り切っている気はするがな」
「だね」
フォースターの窮地が、想像できない。いつものはったりをかまし、なんとか危機を脱しているだろう。
「ごめん。話が逸れた。工房は、聖樹を使ったものがいいかも。この先、イングリットの描いた設計図を、狙う人がいるかもしれないし」
「だな。エルの魔石だって貴重だ。隠れ家みたいに、しておいたほうがいい」
そんなわけで、聖樹を使った工房を作ることに決まった。
だが、一点問題がある。
『森の奥地に生える聖樹を、採りに行く必要がある』
そこは魔物が多くはびこる場所で、冒険者は絶対に近づかないという。
「イングリット、どうする?」
「迷うな」
魔石師のエルに、魔法弓師のイングリット、人工精霊騎士のネージュに、火竜のプロクス、聖剣のフランベルジュ――戦力に不足はない。しかしながら、前衛が少ない点がイングリット的には引っかかっているようだ。
「囮役がほしいな」
一行には、防御力が高く、敵の攻撃を受け止められるような戦力が足りないのだ。
イングリットの呟きを聞いた村長が、盾を持って戦う戦士を雇わないかと、話を持ちかける。
エルとイングリットは互いの顔を見合わせ、同時に頷いた。
工房を造るために、聖樹探しが始まる。