少女は、ダークエルフとともに洗熊妖精の村を目指す
足場の悪い道を、イングリット自慢の魔石バイクで走る。
今、乗っている魔石バイクは、特殊能力てんこ盛りの初号機だ。
ゴブリン・クイーンの黒衣のドレスを使った車輪は凸凹道の衝撃を吸収し、乗っている者に振動を与えない効果がある。
王都周辺の街道は整えられているが、それ以外の道は舗装がなされていない。そのため、魔石バイク初号機は冒険にうってつけなのだ。
一時間半ほど走り、途中で休憩する。
「イングリット、ずっと運転して、疲れたでしょう?」
「いや、案外楽しんでいた」
「だったらよかった」
休憩は森のど真ん中にあった、少し開けた場所で行う。
湖のほとりで休憩したかったようだが、どれもイングリットのお眼鏡にかなうものではなかったようだ。
「一つ目は毒の水草が浮いていて、二つ目は変な臭いがして、三つ目は水が真っ黒で水質が悪かった」
「よく、確認できたね」
「目はいいんだ」
イングリットと話している間に、プロクスとネージュが敷物を広げてくれる。
これは、イングリットとエルが共作した、魔物避けシート。
布に魔物避けの魔法陣を特殊な魔法の糸で刺したものである。全体に、常時展開式の汚れ防止・抗菌魔法が施してある。どこで広げても汚れない、最強の敷物なのだ。
今日は風が強い。魔物避けシートが飛んでいかないように杭を刺す穴を作っている。そこに、フランベルジュを刺しておく。
「これでよし、と」
『ぎゃう!(休もう)』
魔法鞄からプロクスが取り出したのは、手作りクッキーである。
最近、プロクスはクッキー作りにはまっており、腕を磨いているのだ。
エルが魔石や魔技巧品の開発で忙しくしているので、プロクス自身がもりもりクッキーを焼いている。
他人に振る舞うのも楽しいようで、昨日は公爵家の侍女を集めて茶会を開いていた。
エルの通訳なしで、どんな会話をしていたのか。謎である。
『ぎゃう、ぎゃーう(新作クッキーだよ)』
「わー、おいしそう」
花の型でクッキーをくり抜き、真ん中にジャムを添えて食べるものらしい。
食べる前に、茶を淹れる。
水吐フグを潰して水を吐き出させるのだ。初めこそ抵抗があった水吐フグも、今は重宝している。
火の魔石を入れたら湯を吐き、氷の魔石を入れたら冷水を吐く。
見た目さえ気にしなければ、便利な品である。
『オロ、オロロロロロロ……!』
ポットに湯を注ぎ、しばし待つ。その間に、プロクスがクッキーにジャムを添えてくれていた。
準備が整ったので、各々座ってクッキーと紅茶を楽しむ。
飲食を必要としないネージュは、剣を抜いて素振りを始めていた。
「あ、プロクスのクッキー、おいしい」
「ジャムの酸味が、いいアクセントになっているな」
『ぎゃうぎゃう~(よかった)』
サクサクしっとりのクッキーと、香り高い紅茶は最高の相性だった。
公爵家の侍女が、冒険に行くのならばと用意してくれた茶葉である。
「おいしいお菓子と紅茶があれば、こうして冒険にでかけていても、優雅な気分になれるんだね」
「だな」
さほど苦労せずに、こうして休憩時間を楽しめるのは、魔物避けシートがあるからだろう。
「この魔物避けシートも、早く製品化できたらいいね」
「ああ」
現在、この魔物避けシートもグレイヤード子爵に設計図を預けている。魔石バイクに続き、製品化するために大量生産用の材料を確保している最中だ。
ただ、魔石バイクのように上手くいかない点がある。
魔法陣を縫う魔法の糸を生産できる工房が、ジェラルド・ノイマーに乗っ取られてしまったのだ。
「交渉、上手くいきかけていたのに……」
「あいつ、本当にしようもない奴だよ」
魔石バイクの大ヒットがよほど悔しかったのだろう。
ここ最近、陰湿な嫌がらせを繰り返しているという。それが可能となるほど、ジェラルド・ノイマーの工房は大きくなっているのだ。
「イングリット、気にしたって仕方がないよ。きっと、グレイヤード子爵が、なんとか解決してくれるはず。わたし達は、わたし達にできることを、しよう」
「ああ、そうだな」
すっかり弱気になっているイングリットを抱きしめ、頭を優しく撫でる。
これは以前、エルが落ち込んでいるときに、イングリットがしてくれたものだ。
イングリットは消え入りそうな声で、「ありがとう」と呟く。
◇◇◇
魔石バイクを走らせること半日――洗熊妖精の村にたどり着く前に、見たことのある人物と遭遇してしまった。
美しい黒の巻き髪に、挑戦的な赤い瞳を持つ美しい女。
「あれは、神速の炎槍、ジョゼット・ニコル!?」
魔法騎士である彼女がどうしてここにいるのか。
エルとイングリットに気づいたジョゼットは、艶やかな微笑みを浮かべていた。