少女は、公爵に独立の許可を申し出る
森に工房を作ることを決意したエルとイングリットは、早速フォースターに許可をもらいに行った。
「ここを、出て行くと?」
「うん。私とイングリットは森育ちだから、王都にいるより落ち着くと思って」
フォースターは腕を組み、眉間に皺を寄せて険しい表情となる。
賛成しているようには、とても見えなかった。想像通りである。
「エルは、私の保護のおかげで、安全に、平和に過ごせていることを、自覚しているだろうか?」
「わかっている。これでも、お祖父さんには、感謝しているの」
エルは深々と頭を下げ、「ありがとう」と感謝の気持ちを述べる。
一瞬、フォースターの顔がにやけたが、すぐに厳しい表情へと戻った。
「ここを出て、どこに工房を建てようというのだ?」
「まだ、決めていない」
いい土地がないか、シャーロットの父であるグレイヤード子爵に相談を持ちかける予定であった。そう説明すると、フォースターはカッと目を見開く。
「エルが工房を建てる土地は、私が紹介しよう」
「それって、フォースター公爵領の森ってこと?」
「まあ、そうだな」
フォースターは広大な所要領を持つ。そのほとんどは開墾されておらず、領土の三分の二が森だと話していた。
「エルは、言いだしたら聞かないのだろう。しかし、まったく知らない土地へ行くというのは、許可できない。フォースター公爵家の領地であれば、許可しようではないか。もちろん、私が工房に押しかけて作業を邪魔することはしないし、関係者以外の者は立ち入らないよう、入場の制限をする。この条件で、どうだろうか?」
エルはイングリットのほうを見て「だって。どうする?」と問いかけた。
「まあ、こちらも譲歩をしたほうが、いいだろうな」
「わたしもそう思う」
エルとイングリットは揃って、フォースターに「よろしくお願いします」と言って頭を下げた。
案外あっさりと、独立の許可を得ることに成功した。
◇◇◇
続いて、工房を建てる場所を決め、建設について話し合う。
フォースターは王都周辺にも、多くの領地を有していた。
「王都から離れていないほうが、仕事はしやすいかもな」
「そうだね」
エルの希望は、湖があって、魔鉱石が採掘できる岩場があり、人の通り道がない場所である。
「フォースター公爵領に湖は、五十カ所以上あるな」
「けっこうあるんだね」
領土の一部は、『湖水地方』と呼ばれる、敷地のほとんどが湖という土地らしい。
「いや、湖は一つでいいんだけれど」
「だな」
湖水地方は湖が多いからか、常に霧がかっているという。魔鉱石が採掘される岩場が、特に多くあった。領民はいないが、それ以上に不便を強いるような土地だろう。
「魔鉱石は、別の場所に採りにいけばいいから、そこじゃなくても」
「了解。湖水地方を外すと、あとは十カ所だな」
「うーん、どうしよう」
地図を眺めていたら、あることに気づく。
「あ、この湖の近くって、洗熊妖精の村の近くだ」
「言われてみれば、そうだな」
「工房の建設を、洗熊妖精に頼めるかも?」
「エル、天才だ!」
工房を作るために、プロクスに木材と作業員を運んでもらう計画を立てていた。
だが、洗熊妖精に頼んだら、その手間も省ける。
「イングリット、今から、洗熊妖精の村に行って、話をきいてみる?」
「ああ、そうだな」
エルはすぐさま準備し、イングリットと共に洗熊妖精の村へ向かうこととなった。
◇◇◇
前回、空を飛んで洗熊妖精の村を目指していたら、凶悪なハルピュイアと遭遇した。そのため、今回は陸路で向かう。
歩いて行くと時間がかかるので、魔石バイクを使うことにした。
魔石バイクで出かけると言ったら、ヨヨは留守番するという。
人工精霊のネージュは剣を抜き、エルの行くところならばどこまでもついていくと宣言していた。
プロクスも、ついていくという。鼻歌を歌いながら、エルが作ってあげた小さな鞄にクッキーを詰めていた。
『俺様も、ついていくぞ!』
フランベルジュも、やる気満々である。
今回、イングリットが新しく開発した、二人乗りの魔石バイクで洗熊妖精の村を目指す。
イングリットが前に乗り、エルは後ろに跨がった。
フランベルジュは、荷台に紐でぐるぐる巻きにされている。その上に、ネージュが腰掛ける。
「うさぐるみ、落ちるなよ」
『死んでも、離しませんわ』
「ネージュ、落ちたときは、悲鳴をあげてね。後ろだから、気づかないかもしれないし」
『え、ええ』
幼体となったプロクスは、エルの鞄に潜り込む。
「イングリット、準備できたよ」
「よしきた」
魔石バイクの持ち手に填め込まれた起動の呪文に触れる。すると、魔石バイクがブルルルルと音を立てて、発動した。持ち手を握り、踏み板を足先で押すと、発動機の回転がどんどん上がっていく。最後に持ち手を捻ると、魔石バイクは動き始めた。
『っきゃああああああっ!!』
あまりの速さに、ネージュが悲鳴を上げる。フランベルジュも、『おおおおお!』と声をあげていた。鞄から顔を覗かせたプロクスは、楽しげに『ぎゃう~~(速い~~)』と叫んでいる。
なんとも賑やかな出発であった。