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少女と猫とお人好しダークエルフの魔石工房  作者: 江本マシメサ
第一部 少女はダークエルフと出会う
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少女は自らと猫をいたわる

 エルは蜂蜜で老夫婦の喉に魔法陣を描く。その上から薬を垂らしたら、体内に浸透しんとうしていった。

 荒くなっていた老夫婦の息遣いが、穏やかになっていく。

 抗生物質が魔法によって活性化され、瞬く間に効果を現す。体に散っていた斑点が、消えていった。

 エルの抗生物質は、正しく作られていたようだ。

 胸を押さえ、深く安堵あんどした。あとは、回復するのを待つばかり。

 汗を搔いた寝間着を着替えさせ、布団に毛布、シーツを替えた。着ていた寝間着や布団、毛布は再度煮沸消毒させる。

 昨晩、老婆がさばいてくれた鶏は、もったいないが炎の魔石を使って燃やして処分した。

 エル自身も、魔石を使いおけに湯を張って体を洗う。

 もちろん、老夫婦の家に風呂はない。大きな桶があるばかり。

 モーリッツはきれい好きだったので、風呂があった。大きな浴槽に、タイルを貼った洗い場など、ヨヨの手を借りながら自分で作ったらしい。

 王都でも、風呂場は貴族の家の一部しかないと言っていた。家に風呂がある貴族ですら、三日に一回くらいの頻度で体を洗う程度らしい。

 三十年ほど前、体を洗うと病気になるといううわさが広がり、黒斑病が流行したらしい。恐ろしい話である。

 当時は一ヵ月に一回も入っていなかったという。

 今は、風呂は最低でも一週間に一度洗ったほうが健康にいいと云われているようだ。

 その中でも、老夫婦は三日に一度入っていた。それに、家の中も比較的清潔だった。そのため、黒斑病が流行っている村の中にいても感染するのが遅かったのだろう。


「ヨヨ、今から体を洗うけれど、こちらを見ないでね」

『見ないよ』


 ヨヨは暖炉の火を使い、スープを作ってくれていた。エルに背を向けているので、見えていない。加えて部屋は薄暗く、暖炉の周囲がぼんやり明るい程度である。

 大丈夫だと言い聞かせ、服を脱いだ。

 この服も、煮沸消毒が必要だろう。桶の中に入れて、火と風の魔石を入れて沸騰させる。

 大きな桶に作っていた湯は、ほどよい温度だった。肩まで浸かることはできないが、腰までくらいならば浸かることができる。

 魔法鞄から乾燥させた月桂樹げっけいじゅの葉を取り出した。手でちぎり、布に包んで紐で縛り、湯の中に入れる。

 月桂樹の葉は疲労回復に加え、保温効果がある。天然の入浴剤なのだ。

 足先から入ると、熱をジンジン感じる。今日は寒かったので、湯の熱さが体に沁みていた。

 寒いので全身浸かりたいと思い、猫が布団の中で団子状になるように丸まってみた。

 普段ならば絶対にしない恰好かっこうである。

 全身湯に浸かったエルは、ふうと息を吐いた。今日一日大変だったが、ようやく落ち着くことができたのだ。

 老夫婦の家に、大きな桶があったことを心の中で感謝した。


『エル、お風呂、気持ちいい?』

「うん、気持ちがいい。あとで、ヨヨも洗ってあげる」

『僕も煮沸消毒対象かー』

「妖精だから、ノミは移らないでしょう? 単純に、きれいにしてあげようと思って」

『そっかー。ありがとうね』


 ヨヨは一見して普通の猫に見えるが、高濃度の魔力で構成された妖精である。

 もしも病気を媒介するノミが触れたら、存在が消し飛んでしまうのだ。


「黒斑病の患者がヨヨを抱きしめたら、ノミがいなくなるね」

『その治療法、エル以外の人にするのは絶対にイヤだから』

「わかっている」


 湯が冷めてきたので、火の魔石を少しだけって湯を温める。


「ん……ふう」


 魔石は本当に便利だ。エルはしみじみ思う。

 この量の湯を、鍋で沸かすとしたら大変だろう。それが、魔石を使ったら一瞬でできる。


「魔石があって、本当によかった」

『そうだね。抗生物質も、魔石なしで作ったらけっこうな日数がかかるのでしょう?』

「うん。たぶん、二ヵ月くらい?」

『へえ、そんなにかかるんだ』


 抗生物質の作り方を遺し、魔石作りを教えてくれたモーリッツに、エルは心から感謝した。

 今日、エルは老夫婦の命を救った。不思議な達成感で、胸の中が満たされる。


 ゆっくり浸かり、体が温まったら薬草石鹸を使って頭のてっぺんから爪先まで丁寧に洗う。

 泡だらけの湯は一度魔石で蒸発させ、再び新しい湯を作った。

 全身の泡を洗い流すために、何度か湯を入れ替える。

 体の湯を拭うタオルは必要ない。風の魔石を使って、一瞬で水分を飛ばし、火の魔石で蒸発させた。


 きれいに洗濯された服を着ると、生き返ったような気がした。

 それと同時に、腹がぐうっと鳴る。


『エル、スープできているよ』

「ヨヨ、ありがとう」


 暖炉の前に座って、スープを食べる。

 老夫婦のために、ジャガイモを潰したスープを作ってくれたようだ。

 食べやすいよう、細かく刻んだベーコンも入っている。


「優しい味がする。おいしい」

『それはよかった』

「ヨヨ、本当にありがとう」

『どういたしまして』


 食後はヨヨを風呂に入れる。

 モーリッツがヨヨを風呂に入れようとする時は大暴れだったが、エルがやる時は大人しい。


『だってモーリッツ、洗濯物みたいに力任せにガシガシ僕を洗うんだ』

「先生、ちょびっと潔癖症けっぺきしょうだからね」

『ちょびっとではないよ。病的に潔癖症なんだよ』


 モーリッツは不潔が感染症を招き、黒斑病が流行した時代に生きていたのだ。そうなってしまうのも、仕方がないのかもしれない。


『今、王都で広まっているお風呂は最低でも一週間に一回を広めたのもモーリッツらしいよ』

「うん。そのおかげで、病気はぐっと減ったって」

『でも、一週間に一回でも少なく感じてしまうなあ。フーゴなんて、一日お風呂に入っていなかっただけで、臭っていたし』

「そうだけれど、お湯を沸かす魔石や薪ですら買うことが難しい人達もいるから、最低でも一週間に一回なんだろうね」

『そっかー』


 モーリッツは言っていた。何事も、自分の経験や知識だけで考えるなと。広い視点で物事を考えるようにと教えてくれた。


「ヨヨ、痒いところはない?」

『うーん。首辺りの毛が長いところかな』

「ここかな?」

『そこそこ。あー、気持ちいい』


 ヨヨの働きをねぎらうように、エルはきれいに洗ってあげた。


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