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少女と猫とお人好しダークエルフの魔石工房  作者: 江本マシメサ
第二部 少女はダークエルフと商売を始める!
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少女はいつもの朝を迎える

 朝――エルはぱっちりと瞼を開いた。カーテンの隙間から、柔らかな太陽の光が差し込んでいる。美しい小鳥のさえずりも聞こえていた。

 いつもならば、この辺りではっきり覚醒するのに、いつまでたっても夢心地でいる。

 というのも、不思議な夢を見たからだろう。まだ顔も知らぬ母親と、父親が姿を現したのだ。

 この世に生を受けたのと同時に、エルは存在を否定された。

 父は、生まれたばかりのエルを指さし、殺せと叫ぶ。

 母は、エルを助けたい気持ちはあったものの、大精霊の予言があるのでどうにもできないと嘆いていたのだ。

 そんな中で、フォースターが登場し、殺される前のエルを助け、フーゴに託した。

 生まれたばかりのエルと、フーゴの旅は不思議なものだった。

 乳母を雇って旅立つ予定が、すべて断られてしまう。

 山羊の乳が母乳に近いと聞き、フーゴは山羊を買って旅立ったのだ。


 だが、雌山羊だと聞いて飼ったのに、山羊は雄だった。

 母乳を求めて泣くエルのもとに、不思議な生き物が現れる。

 灰色の毛並みを持つ、毛足の長い猫であった。 

 猫は人間の女性の姿となり、エルに乳を与えた。それだけでなく、かいがいしく世話もしたのだ。

 灰色の猫のおかげで、フーゴとエルの旅は順調に進むことができた。

 モーリッツが住む森に到着したのと同時に、灰色の猫は姿を消した。

 その際、フーゴの記憶も消していたようだ。


 以上が、夢の内容である。


「……なんなの?」


 何もかもが、謎でしかない。

 普段、ほとんど夢を見ることはないので、余計に引っかかる。


 特に、猫の存在は非常に不可解であった。

 たしかに、乳飲み子であったエルと生活能力皆無なフーゴとの二人旅は実質的に不可能である。

 誰かの協力がないと、無理があった。


 深く考えかけた瞬間、エルはいやいやと首を横に振る。

 ただの夢である。

 もしかしたら幼少期に読んだ幻想譚の内容を、そのまま反映するように夢に見てしまっただけなのかもしれない。

 意味はないのだと言い聞かせつつ、身支度を調えた。


「――あれ?」


 エルはふと、昨日の記憶が曖昧なのに気付いた。

 何か、衝撃的な出会いがあったような気がするのに、よく思い出せない。


 光の妖精に魔石作りを教えたあと、何をしたのか。

 食事をしたり、風呂に入ったり、寝台へ潜り込んだ記憶すらない。


「まあ、いいか」


 旅疲れで、気を失うように眠ってしまったのだろう。

 魔石作りに夢中になっていたころ、こういうことがたまにあった。

 大抵は、モーリッツがエルを寝台まで運んでくれたのだ。

  今回は、イングリットが運んでくれたのかもしれない。話を聞かなければ。そういえば、エルの周囲で固まるように眠っているヨヨやプロクス、ネージュの姿がなかった。もう、起きているのだろうか。そんなことを考えつつ、食堂に足を運んだ。


「おお、エル、おはよう」

「おはよう」


 イングリットは険しい表情で四角く折りたたんだ新聞を読んでいたが、エルがやってくると途端に笑顔になる。


「イングリット、昨日、わたしを寝台に、運んでくれたの?」

「ああ――まあ、な」


 少しだけ、気まずそうな表情を浮かべたが、一瞬のことだった。


「どうしたの?」

「あ――」


 イングリットが答える前に、別の者が言葉を返す。


「私が、彼女を責めてしまったのだよ」


 食堂に、フォースターが姿を現す。

 これまでエルとイングリット専用の食堂に顔を出すことはなかったが、今日は席についていた。


「お祖父さんが、イングリットに何か言ったの?」

「エルみたいな少女に、倒れるまで仕事をさせるなんて、酷いではないか、とね」

「違う。イングリットは悪くない! 悪いのは――」

「私、ということにしておこう」


 フォースターはいつもの胡散臭い笑顔で挙手した。

 その後、フォースターはエルとイングリットから近況だけ聞き、一杯の紅茶を飲んだのちに退室していく。


「お祖父さん、なんだったの?」

「エルが無理をしないか、心配だったんだよ」

「それで、イングリットを責めるのは間違っている」

「仕方がないさ。フォースター公爵にとって、エルはたった一人の孫娘だから」

「――っ!?」


 違う、という声が聞こえた。

 何が違うのか、よくわからない。

 エルの中にある何かに、ぎゅっと蓋をされているような気がしてならなかった。

 それが何かは、よくわからない。


「ねえ、イングリット。わたし――」


 言いかけたそのとき、廊下からバタバタと足音が聞こえた。


『ちょっと、そんなに走らないでよ!』

『ぎゃうー!(だって、早く見てほしくて)』

『我々の努力の結晶を、早く鑑定してもらうのだ!!』

『ちょっと、わたくしを、置いて行かないでくださる?』


 食堂へ姿を現したのは、掲げるように魔石を持つプロクスと、誇らしげに胸を張るフランベルジュ。それから、肩で息をするネージュに、うんざり顔のヨヨであった。


「あれ、みんな、どうしたの?」


 エルを見た途端、プロクスはポロポロ涙を零した。

 フランベルジュは、ぶるりと震える。

 ヨヨはヤレヤレとばかりにため息をついていた。


「え、何?」


 エルの疑問に、ヨヨが答えた。


『エルを驚かせようと、魔石を作っていたんだ』

「あ、そう、だったんだ」


 エルはプロクスとフランベルジュのもとへと駆け寄り、魔石を見る。

 水晶のように透明で、美しい魔石だった。


「よく、作れているね」

『ぎ、ぎゃう~(そ、それほどでも)』

『頑張った甲斐が、あったな!!』


 平和な朝の光景に、エルは微笑んだ。 

 

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