挿話 双子の王女
王妃アルフォネは、長きにわたり不妊だった。
責任を感じ、国家錬金術師を呼び集めて妊娠できるように治療を施した。
しかし、いっこうに懐妊の兆しが現れなかったのである。
ある日、一人の錬金術師が、ある見解をほのめかす。
アルフォネ妃が妊娠できない理由は、国王にあると。幼少期の病が原因で、生殖機能がないのではと指摘したのだ。
それを聞いた国王は激怒し、国家錬金術師は国外追放となった。
アルフォネ妃は国王が原因で妊娠できないという可能性を信じ、実家の父親であるフォースターを頼った。フォースター公爵とアルフォネ妃は、表向きは絶縁関係にあった。しかし、裏では繋がっていたのだ。
何かあったときのために、そのように仕向けていたのだ。
フォースターはアルフォネ妃の依頼を受け、追放された錬金術師を保護し、薬の開発を依頼する。
それから三年後、不妊の薬が完成した。それを、アルフォネ妃は国王の茶に混入するよう侍女に命じる。
薬の服用を始めた途端、懐妊の兆しが見えた。
やはり、国王が原因であったのだ。
だが、子は順調に育たず、流産した。けれど、アルフォネ妃は諦めない。
物心ついたときから、彼女は国王の妃となるために教育されてきた。その中で、不屈の精神も共に身についていたのである。
それから二度の流産を乗り越えたのちに、子どもを出産した。
だが、生まれてきた子どもは、女の双子だった。
赤子を取り上げた侍女の表情が、さっと曇る。
国では、女性王族にも継承権が与えられる。かつて、女王が国を統治し、輝かしい時代を築いたときもあった。
問題は、双子であるというもの。
古の時代より、王家に双子の子どもが生まれるというのは、不吉だと言われていた。
その最大の原因は、継承戦争が起きやすいという点だろう。
国内にはさまざまな派閥が存在する。双子の子どもが生まれることにより、どちらにつくかが明確になり、より対立がわかりやすくなってしまうのだ。
さらに、双子の子どもは魔族に愛されし象徴だという言い伝えもあった。
双頭竜に、双頭蛇、双頭犬に双頭羊――どれも、歴史に名を残す邪悪な存在である。
双子はその魔族を、彷彿とさせる存在であったのだ。
双子の子を見た国王は、顔面を蒼白にさせる。
すぐに信頼を置いている臣下を呼んで相談した。
ある者は、両方の子を殺すように唆した。
ある者は、殺すのは片方でいいのではと提案した。
ある者は、政治の駒になるので、両方生かすべきだと言った。
国王は、悩んだ。
やっとのことでできた子である。できれば殺したくないと考えていたのだ。
しかし、発言力のある大司教が、双子は厄災の前触れである。ゆえに、大きく育つ前に片方を殺したほうがいいと勧めた。
国王はその意見を尊重し、双子の片割れを殺す決意をする。
アルフォネ妃にとっては、残酷としか言えない所業であった。
何度も国王に殺さないでほしいと懇願したが、声は届かない。
アルフォネ妃が民衆に訴えようとしていた矢先、大司教がやってくる。
なんでも大精霊が、予言をしていたのだと。次に生まれる王家の娘は『救国の聖女である』らしい。
聖女が二人もいるはずがない。予言を違えないためにも、片方を殺す決定は覆すことはできない。
さすがのアルフォネ妃も、大精霊の予言を出されてしまっては何もできなくなる。
精神を病み、誰とも口をきかなくなった。
国王の言葉ですら、届かなかったのだ。
最終的にやってきたのは、フォースターである。大精霊の予言について改めて説明すると、力なく頷いたという。
それを目の当たりにしたフォースターは、これではいけないと思った。
予言に逆らって、双子の片割れを助ける決意をしたのだ。
フォースターはアルフォネ妃が思いつかないような作戦を考える。
アルフォネ妃とかつて婚約者だったフーゴとの不倫をでっちあげ、彼を追放するのと同時に、片方の子どもを託すというものである。
儚くなってしまった赤子で死を偽装したあと、フーゴは王都を出て、遠く離れた森に逃げ込んだのだ。
そこで、かつて王国の賢者と呼ばれていたモーリッツに出会ったのは、偶然であった。
エルネスティーネと名付けられた王族の娘の、名前を封じたのも彼である。
生涯、自らが王族であることを知らずに、幸せになってほしい。
それが、フーゴとモーリッツの願いであった。
モーリッツが死しても、魔法が解けないようにと強くかけられた術であった。だが、あっさりと解かれてしまった。
エルネスティーネと、アルネスティーネ。
双子の繋がりは、賢者がかけた魔法よりも強いものなのだ。
離れ離れだった王女が今、顔を合わせる。
二人の中で止まっていた歯車が、少しずつ動き出そうとしていた。
本当に双子が不吉な存在なのか否かは、神のみぞが知ることだった。