少女は同じ顔の少女と対峙する
彼女は、いったい“誰”なのか。
鏡を見ているのではと思うほど、そっくりである。
エルの心臓が、今までになくドクン、ドクンと高鳴っていた。
見つめ合っているうちに、エルの中にあった点と線で結ばれていなかったものが、繋がっていく。
記憶を遡ってみると、以前よりエルは誰かと勘違いされることがあった。
それが、“彼女”だったのだろう。
似ていると言っていたのは、フォースターと、国家錬金術師のキャロル――共に、王宮に出入りをする人である。
エルの母は、亡くなった王妃だ。
若い頃の姿が、エルにそっくりだったという。
それに、彼女は先ほど、フォースターを「お祖父様」と呼んでいた。
つまり、今目の前にいる彼女は、フォースターに続くエルの血縁者である可能性が高い。
考えを張り巡らせているうちに、だんだんと冷静になった。
しっかり前を見据え、同じ顔をした少女を見る。
「わたしは、黒斑病の魔女ではない」
「だったら、どうしてわたくしと同じ顔をしていますの!?」
「さあ?」
「どうせ、幻術か何かなのでしょう!? そこの邪悪なダークエルフに、命じて姿を変化させているに、違いありませんわ!」
「違う!!」
エルが叫んだのと同時に、強い風が吹く。
「きゃあ!」
「王女様!!」
「王女様!!」
ゾロゾロと、武装した騎士が部屋へと入ってきた。
騎士は、少女を「王女」と呼んだ。
やはり、エルの予想は正しいのだろう。
彼女は、国王夫婦の唯一の子である、王女なのだ。
なぜ、エルが“黒斑病の魔女”と呼ばれるようになってしまったのか。
原因は、フォースターにあったことを思い出した。
国家錬金術師のキャロルが話をしていたのだ。フォースターが久しぶりに王宮に戻ったさいに、王女に似た少女を見たと。
王女に似た少女なんて、いるはずがない。
この世で、同じ姿をした存在は、悪しきものであるという謂われがある。
そのため、王女と生き写しのようにそっくりなエルは、黒斑病の魔女と呼ばれる所以となったのだろう。
いまだ、強い風がビュウビュウと吹いている。これは、いったい何なのか。
「落ち着くんだ、エル!!」
ここで、イングリットの叫びが耳に入る。
「え、私――?」
『魔力が、暴走しているんだ! 落ち着け! でないと、この部屋が崩壊してしまう!』
ヨヨの叫びを聞いて、ハッと我に返る。
ここで、状況を改めて理解した。
エルの目の前に、剣を引き抜いたネージュと、剣から炎を立ち上らせるフランベルジュ、それから中型の竜に転じたプロクスがあった。
騎士から守ろうとしているのだろう。
そしてエルは、自身の魔力が強い風を起こしていることに気付いた。
「や、やだ……!」
焦った途端に、風が強くなった。カーテンはバサバサと音を立て、ガラスはミシミシと悲鳴をあげている。天井からつり下がったシャンデリアは、左右に揺れて危険な状態だ。
こんなこと、したくないのに。
その焦りが、風を強くしてしまう。
涙が零れそうになった瞬間、イングリットはエルをぎゅっと抱きしめた。
「大丈夫だ。頭の中に、森の静かな湖を、想像して――」
イングリットに言われたとおり、生まれ育った森の湖を想像してみた。
すると、風がだんだん収まっていく。
イングリットは優しくエルの背中を撫でる。風は、止んだ。
だが、騎士との間にあるピリピリとした空気までは、和らがない。
今、必要なのは、冷静さなのだろう。
エルは礼を言ってイングリットから離れる。そして、敵意を剥き出しにするネージュとフランベルジュ、それからプロクスに声をかけた。
「みんな、止めて。あの子は、わたし達の敵ではない」
その言葉に、皆、素直に従う。
エルは騎士の背後に佇む少女に、語りかけた。
「あなたの名前は?」
「わ、わたくしは――アルネスティーネ」
「アルネスティーネ」
名前を呟いた瞬間、胸が苦しくなる。どうしてかわからないが、懐かしく切ない気持ちに襲われた。
息苦しくなり、その場に膝を突く。
イングリットが背中を支えてくれた。手の温もりを感じる。
けれども、心は落ち着かない。
どうして、彼女、アルネスティーネを前にするとこうなってしまうのか。
考えても、答えは浮かんでこない。
「あなたの名前は?」
エルが先ほどしたものと、同じ質問が問いかけられる。
「わたしは――エルネスティーネ」
「え!?」
その名を呟いた瞬間、エルの前に巨大な魔法陣が浮かび上がった。
脳内に、声が響く。
――双子は不吉だ
――両方殺せ!
――ああ、子どもに、罪はないのに!!
――大丈夫だ。君と、陛下の子は、俺が守る
――殺せ、殺せ!! 片方でもいい、殺せ!!
声が、大きな声が、エルの脳内に響き渡った。
「ああっ!」
意識が遠退いていく中で、アルネスティーネが倒れるのを視界の端に捉える。
そのあと、エルの意識はぷつりと途切れた。
 




