少女は精霊と話す
イングリットとエルの間にすっぽり挟まるように登場した精霊であったが、猛烈に突っ込まれたので距離を取る。
『すまぬ。久しぶりに、姿を現したがゆえ』
白い小鳥の姿をした精霊は、浣熊妖精の手のひらで羽を休める。
『それにしても、すばらしいな』
「何が、すばらしいの?」
『この地に、魔力が満ちあふれている。人間達が魔鉱石を採る前よりも』
意味がわからず、エルはイングリットと目を合わせ、同時に首を傾げた。
それを察してか、浣熊妖精の村長が詳しく話をしてくれた。
『先ほどの、世界樹とこの地を繋げる核を復活させる応急処置を施したようだが、核は完全に復活した上に、これまで以上の魔力を世界樹より引き込んでいる。弱っていた森の木々や草花も、元気を取り戻すだろう。我々からも、礼の言葉を言わせてほしい。本当に、感謝している』
再び、エルとイングリットは顔を見合わせ、同時に首を傾げた。
「なあ、エルの魔法は、応急処置だったんじゃないのか?」
「そのつもりだったんだけれど、どうして?」
その疑問には、ヨヨが答えてくれた。
『最上級の魔石と、エルの魔法が合わさって、魔法が完璧なものとなったみたいだね。普通の魔法使いが普通の魔石で魔法を施したら、応急処置になるだろうけれど、良い条件が重なった結果、って感じかな』
「なるほど。さすが、エルサン案件ってわけか」
「イングリット、さすがエルサン案件って、何それ」
「知らないのか? 周囲の期待の遥か上の活躍をする、天才美少女エルサンの伝説を」
「知らないよ、そんなの」
エルの魔石と魔法の奇跡で、森は今まで以上に住みやすい場所となったようだ。
精霊は結界を張り、人間が侵入できないような魔法を施したという。
『むろん、そなたらは自由に出入りできるようにしておいたぞ』
「それはそれは、どうもありがとうございます」
イングリットの言葉に、精霊はどうだとばかりに胸を張る。
そのまま姿を消した。
「現れるのも、いなくなるのも唐突だな」
「まあ、精霊だし」
浣熊妖精の問題は解決したものの、エルとイングリットの問題は解決していない。
魔石を作る働き手が必要なのだが、魔石を作るために人間に森を荒らされたばかりの彼らに、頼めることではなかった。
そんな状況で、村長より提案を受けた。
『礼をしたいのだが、何か希望はあるだろうか?』
「うーん、そうだな」
「どうしよう」
『もちろん、我々でできるものなのだが』
「すまない。ちょっと、時間をくれ」
『承知した』
許可がおりるやいなやエルとイングリットはその場にしゃがみ込み、ヒソヒソと相談を始める。
「イングリット、どう思う?」
「いや、弱みにつけ込んで願いをきいてくれそうだが、気性が荒い妖精はちょっとな」
「使役に向いている妖精を、紹介してもらう?」
「そうだな」
イングリットとエルは同時に立ち上がり、村長に妖精族の斡旋を頼む。
『使役しやすい妖精? 背後にいる妖精では、足りないのか?』
「背後?」
ヨヨは目の前にいる。どこに妖精がいるというのか。エルは振り返る。
すると、小さな球状の妖精達が、存在感を主張するかのようにチカチカと光っていた。
「あ!!」
エルは光の粒を指差し、叫んだ。彼らは、モーリッツの研究書に封じられていた光の妖精で、エルについてきていたのだ。
客船で手を借りたきり姿を見ていなかったので、存在をすっかり失念していた。
「エル、この大量の妖精達はなんなんだ?」
「えっと、故郷の森からずっと一緒にいた光の妖精なんだけれど、姿を消していたから、忘れていたの」
黒斑病が広がっていた村では、薬作りを手伝ってくれた。客船では、船員を連れてきたり、魔石を運んだりと、しっかり働いていた。
大人しい気質で、プロクスやフランベルジュのように主張もしないものだから、バタバタしているうちに存在を失念していたのだろう。
物忘れをしたことがないと胸を張っていたが、大切な存在をすっかり忘れていた。
以降は、一度覚えた物事は忘れないなどと、言えなくなってしまう。
エルは頭を深々と下げ、光の妖精達に謝罪した。あちらこちらから『イイヨ』という声が聞こえる。
「あの、お願いがあるのだけれど、聞いてくれる?」
『何?』
『何、何?』
『何カナ?』
「魔石作りを、手伝ってほしいの」
光の妖精達は、揃って淡く光りだした。了承した、という意味だろう。
「みんな、ありがとう」
これにて、イングリットとエルの問題は解決する。
あとは、魔石の生産に移るばかりだ。
「一点、気になるのは、自然の摂理を無視して魔鉱石を採掘する奴らか」
「フォースターに、報告しなきゃ」
「だな」