少女は魔石を用いて村を救う
浣熊妖精の村長は、神妙な面持ちで語り始める。
『この村の周辺地域で、人間による大規模な魔鉱石の採掘があり、魔力が枯渇状態になりかけている。その事態に、この森を守護する大精霊様がお怒りになった。この地の守護を止め、出て行くとまで言っておるのだ。このままでは、森は枯れ、草花の一本でも生えぬ不毛の地となってしまう。現在、説得しているのだが――時間の問題だろう』
ネージュを連れ帰ったのは、解体して内部にある魔石を取り除き、魔力を解放させようと考えていたらしい。ゾッとするような話である。
その場で実行されなかったことを、心から感謝した。
現在、実りの季節であるが、キノコも木の実も、ほとんど採れないという。
魔力が満ち、守護する精霊の力が活性化されて初めて、森は恵みをもたらすのだという。
そんな自然の摂理を、人間に壊されてしまったのだ。
「いったい、誰がそんな酷いことを……」
通常、魔鉱石を採掘するさい、同じ場所から大量に採らないようにしている。採り尽くしてしまうと、二度と魔鉱石が採れなくなるからだ。魔鉱石を採掘する者の中では、常識である。
それなのに、この森にあった魔鉱石は、採り尽くされてしまったという。
現在、王都は魔石不足が続いているので、なりふり構わないで採掘する者達がいるのだろう。
村長は同じ精霊族であるネージュに、話をしてほしいと頼んでいるさなかだったという。
『それは無理ですわと、お話ししていたのです』
この森の大精霊は、いわば一国の王クラスである。生まれたばかりのネージュが、話して許してもらえる存在ではない。
『では、賢き森の友と呼ばれるエルフ族ならば、話を聞いてもらえるのでは?』
「あー、いや、私はただのダークエルフの若造だし」
千年、二千年と生きるハイエルフであれば話に耳を傾けるが、生まれて五十年にも満たないダークエルフが話しに行っても無駄だとイングリットは言う。
「大精霊を引き留めるよりも、応急処置をしたほうがいいと思う」
エルの意見に、村長は首を傾げる。
『応急処置、というのは?』
「魔力の流れが切れた場所を、よくするの」
現在、採掘がなされた場所は魔力が途切れた状態にある。それを、どうにかして再び魔力が流れるようにするのだ。
『そんなことが、できるのか?』
「現場を見ないといけないけれど、たぶん、できると思う」
それは、モーリッツが教えてくれた技術の一つであった。
「魔鉱石を採っていた場所に、連れていってくれる?」
『もちろん』
村長を先頭に、槍を持った浣熊妖精に囲まれて魔鉱石を採掘していた場所を目指す。
「なあ、エル。どうして、魔鉱石は、同じ場所で採り続けていたら、採れなくなるんだ?」
イングリットの質問に、エルは「長くなるけれど」と前置きして話し始める。
魔力は夜空に輝く月より生まれ、降り注がれた月光より大地へ満たされる。
そんな魔力を集める器が、世界のどこかにあるという世界樹だ。
世界樹はありとあらゆる生物と繋がっており、魔力を供給させる。
「……だから、同じ場所から魔鉱石を採り続けると、世界樹との繋がりが切れて、新しい魔鉱石が採掘されなくなってしまうの」
「へえ、そうなんだな」
魔力の流れが途切れると、生態系にも悪影響がでる。だから、浣熊妖精は人に対して怒っていたのだ。
『ここが、人間が魔鉱石を採掘していた場所だ』
「酷い……!」
その場所は、木々を引き抜き、大地を掘り起こして、魔鉱石を採掘していたようだ。
大規模な窪みが、残されている。
「ここに、世界樹と繋がる“核”があったんだね」
『その通り』
大地には、居たる場所に世界樹と強い繋がりを持つ核が存在する。その核から、魔力が広範囲に行き渡るのだ。
「核を採ったら土地が死んでしまうというのは、常識なのに」
「自分には関係のない土地だからいいか、みたいに考えていたんだろうな」
エルも一度、魔鉱石の採掘で失敗したことがある。
そこは核ではなかったものの、世界樹との繋がりが切れるほど採ってしまったのだ。
泣きじゃくりながらモーリッツに報告にいったら、渋々といった感じで修復方法を教えてくれた。
エルは窪みに行って、中心にしゃがみ込む。
「ここに、核があったんだ」
「エル、わかるのか?」
「うん。魔力が、ほんのちょっとだけ残っているから」
周囲にも、まだ魔力がある。だから、森は一見していつも通りに見えるのだ。
けれど、このままでは森は死んでしまう。だからエルは、世界樹との繋がりを再び作ろうとしていた。
まず、蜂蜜を使って魔法陣を描き、中心に高位魔石を並べた。
四方に、水、土、火、風の四大属性の魔石を置く。
さらに、八方に光、闇、雷、霧、炎、嵐、氷、毒の魔石を並べる。
呪文を唱えると、すべての魔石が活性化される。
そして――大地に亀裂が入り、目を開けていられないほどの輝きを放った。
エルは光の中に飲み込まれる。その瞬間、イングリットがぎゅっと抱きしめてくれるのに気付いた。
ふと、思い出す。以前、モーリッツが手本として見せてくれたときも光に飲み込まれ、同じように抱きしめてくれたことを。
「イングリット、大丈夫」
光が収まると、周囲にいた浣熊妖精達がどよめく。
『魔力が!』
『魔力が、戻ってきたぞ!』
『奇跡だ!』
妖精族なので、魔力については手に取るようにわかるのだろう。無事、成功したようで、エルはホッと胸をなで下ろす。
イングリットはいまだ、エルを抱きしめたままだ。
「イングリット?」
「突然光ったから、びっくりした」
「もしかして、驚いたから、私を抱きしめたの?」
「それもあるけれど、エルが、光に飲み込まれて消えてしまうような気がして――うわっ!!」
エルとイングリットの間に、小さな鳥が現れた。ふわふわとした白い羽毛に緑色の澄んだ瞳を持っている。
『我、森を守護する大精霊である。世界樹との繋がりを復活させてくれたことを、感謝するぞ』
「いやいやいや! 近い、近い、近い!!」
イングリットの叫びが、森の中に響いていた。