少女は“村”に行きつく
しばらく歩いていると、ネージュの魔力が通った痕を示す糸のようなものは、太くはっきりと見えるようになった。
「もう、近いのかも」
ネージュは何者かに連れ去られた可能性が高いので、慎重に進んでいく。
「ここから先、ずーっと、まっすぐ繋がっている。きっと、その先に、ネージュがいるのかもしれない」
「そうか」
イングリットは腕を組み、しばし考える。
「わかった。私が、一度様子を見てこよう」
そんな提案すると、すかさずエルが反対した。
「ダメ! 危ないでしょう」
「いや、エルサン。私は、一応単独で冒険者をしていたんだが」
「それでも、イヤなの」
エルはイングリットに近づき、上着をぎゅっと掴む。
「もしも、この先イングリットがいなくなったら、わたしは、どう生きていいか、わからない」
「エル……」
いつの間にか、エルはイングリットに依存している。迷惑だとわかりつつも、巡り会えた大切な人が、危険に身を投じるのは我慢ならないのだ。
「あー、わかった。一人では、行かないから」
「うん」
しょんぼりと落ち込むエルを、プロクスは優しく『ぎゃうん』と鳴いて励ます。
イングリットはどうしようかと、考えているように見えた。
ここで、フランベルジュが発言する。
『おっほん! あー、よかったら、俺様が、様子を見てこようか?』
「フランベルジュ、いいの?」
『ああ。お安いご用だ』
「だったら、お願い」
『承知した』
フランベルジュはいつもより高く飛びあがり、素早く飛んで行く。
五分後――戻ってきた。
「フランベルジュ、おかえり。ネージュはいた?」
その問いかけに、フランベルジュは剣先をぶんぶんと振る。
「だったら、何かあった?」
『妖精族の、集落があったぞ』
「え?」
『熊みたいな、見た目をしていた』
「熊の、妖精?」
そんな存在がいるのか。ヨヨのほうを見たら、知らないと首を振っている。
「イングリット、どうしよう。熊の妖精って、ちょっと怖そう」
「うーん。まあ、野生の熊よりは、凶暴ではないと思うけれど」
「そうかもしれない。けれど、ネージュを連れていったのは、気になる」
ひとまず、行くしかない。何があっても、ネージュを助けなければならないのだ。
「エル、どうする?」
「行く」
「わかった」
フランベルジュを先頭にして、先へと進んだ。
草木を分けつつ、前へ前へと歩いて行く。その先に、フランベルジュが発見した妖精族の村があった。
エルとイングリットは叢に身を潜め、様子をぞっとのぞき見る。
プロクスも赤ちゃん体型になり、息をひそめていた。
「ん、あれって――?」
「熊、ではない?」
村には小さな茅葺き屋根の家がいくつか建っており、茶色の毛並みを持つ二足歩行の獣が暮らしていた。大きさは、エルの膝丈くらいだろうか。ネージュと同じくらいの大きさである
村を歩き回っているのは熊妖精ではなく、浣熊妖精だった。
「浣熊妖精の村って、ここだったんだ」
「みたいだな。エル、ネージュはどの辺にいそうだ?」
「そこまで離れていないと思う。この先に、広場っぽいところがあるから、そこにいるかも」
「そうか」
イングリットがヨヨに問う。どうやって、浣熊妖精と接触すればいいのかと。
『うーん、難しいね。浣熊妖精は、妖精の中でもあまり人間と契約したって話は聞かないし、気性も荒いから』
「ヨヨのほうから、交渉ってできる?」
『したくはないけれど……やってみようか?』
「お願い!」
まずは単独で、行ってみるらしい。離れた位置に、洗濯物を干している浣熊妖精がいるのだ。ヨヨは声をかけてみるという。
「ヨヨ、頑張って!」
『ダメだったらごめん』
「そのときは、猫くんの勇気だけ称えよう」
ヨヨは渋々、といった感じで浣熊妖精に接近する。
浣熊妖精はヨヨに気付き――悲鳴をあげて逃げていった。
「あっさり、失敗したな」
「うん」
イングリットは立ち上がり、ヨヨに戻ってくるよう指示を出す。
踵を返した瞬間、思いがけない事態となった。
『侵入者めー!』
『逃がさないぞ!』
手に槍を持った浣熊妖精が、ヨヨのもとへと走ってやってきたのだ。
「げ!」
「ヨヨ!」
ピュウっと飛び出していったのは、プロクスである。ヨヨのもとにたどり着き、爪で背中を掴むと飛び上がった。
『ぎゃうー!(逃げろー)』
「ヨヨ!」
プロクスが運んでくれたヨヨを、エルは受け取る。すぐに、イングリットがヨヨを抱き上げ、首に巻いた。そして、全力疾走で走る。
『待て、待てー!』
『逃げても無駄だー!』
だんだんと、浣熊妖精の数が増えていく。
走る一行は、だんだんと追い詰められていた。
「はあ、はあ、はあ、はあ――!」
しだいに、エルの体力も限界となる。もうダメだ。そう思った瞬間、エルの足首に何かが巻きついた。そして、ぐん! と上に引かれ、同時に視界が一回転する。
「きゃあ!」
エルの体は宙を舞い、逆さ吊りとなった。
足に巻きつき、エルの体を吊っているのは蔦だった。足首に、ぎゅっと食い込んでいる。
「クソ、罠か!?」
「な、なに、これ!?」
プロクスが空を飛び、エルの足に巻きついた蔓に噛みつく。が、表皮が硬いようで、噛み千切れない。
そうこうしているうちに、浣熊妖精に追いつかれてしまった。