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少女と猫とお人好しダークエルフの魔石工房  作者: 江本マシメサ
第一部 少女はダークエルフと出会う
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少女は猫とともに老夫婦への恩返しを決意する

 黒斑病は感染した動物の血を吸ったノミを介して発症する。

 宿主が死んだらノミは移動し、病原菌を持った状態で新たな宿主へと移るのだ。そのため、死んだ動物に近づかないほうがいい。

 昨日、老婆は鶏をさばいたと言っていた。死んだ鶏から、黒斑病の病原菌を持つノミが移ったとしたら夫婦はエルのせいで感染したことになる。

 膝からくずおれそうになったが、なんとか踏みとどまる。

 エルが来たことに気づいた老婆は、かすれた声で言った。


「ごめんねえ。ちょっと、今から鶏料理を作るのは、難しいかもしれない」

「お嬢ちゃん、悪い。ここから、出て行ったほうがいい。わしらは、もう──」


 信じ難い事態になった。エルは指先や膝がガクガク震えていることに気づく。

 一歩、二歩と背後に下がり、そのまま動けなくなった。


『ねえ、どうかしたの?』

「二人は、黒斑病だ」 

『だったら今すぐ離れたほうがいい。感染するかもしれない』

「!」


 ヨヨの言葉を聞いて、ハッとなる。

 ぼんやりしている場合ではなかった。


『エル、早く逃げないと!』

「私は、逃げない」

『ええ、ちょっ、エル、何を言っているんだ!』


 ヨヨが焦るほど、エルは冷静になっていく。


「黒斑病は、約二日から一週間の潜伏期間を経て、高熱を発する。そのあと、病気の進行は極めて早い。たった数日で死に至る。しかし、早期治療を行えば、恐ろしい病気ではない」


 モーリッツが書いていた、黒斑病についての記述を思い出す。

 病気を持ったノミが移ったのは、昨日ではない。おそらく、数日前から感染していたのだろう。


「二人を、助ける」

『助けるって、エル、モーリッツの抗生物質を持っているの?』

「ない」


 抗生物質を村に持って行ったところ、エルを警戒する女性の手に払われ、落としてしまった。予備は作られていなかったのだ。


「でも、作り方は覚えている。調剤の器具もあるし、魔石を使ったら、早く作れるから大丈夫」

『エル……』


 エルは清潔なハンカチを取り出し、口を覆うように巻いた。


 老夫婦に近づき、声をかける。


「ねえ、おじいちゃん、おばあちゃん、わたしが絶対助けるから、言うことを聞いてくれる?」

「ダメだよお。逃げるんだ」

「早く、行くんだ」

「ううん。大丈夫。わたしは、病気の治し方を本で読んだことがあるの。だから、わたしの言う通りにしたら、絶対よくなるから。お願い!」


 これが、優しくしてくれた老夫婦への恩返しだ。エルはそう思って、必死に訴えた。


 最終的に、老夫婦は頷いてくれた。


「ごめん、ヨヨも協力してくれる?」

『エルがそうしたいのなら、協力するさ』

「ありがとう」


 大丈夫。上手くいく。エルは自分にそう言い聞かせ、行動を開始した。


「ヨヨは水と火の魔石を使ってお湯を沸かして。そして、汚染していると思われる布団や毛布、枕にシーツ、下着、寝間着、とにかくすべての布物を煮沸消毒して」

『わかった』


 黒斑病の病原菌は熱水の消毒が有効だ。十分から十五分ほど煮込んだら、消滅する。


 まだ病気は初期段階で、意識はある上に歩く元気があるようだった。エルは暖炉の前に敷物を広げ、老夫婦に移動を促す。服を脱いでもらい、消毒液で清拭せいしきするのだ。


 脱いだ服は大鍋に浸けて煮込む。ヨヨは布団やシーツ、カーテンと、家にある布物を剥いで回っていた。


 魔石があるおかげで、作業はスムーズに進んでいた。

 老夫婦に服を着せ、毛布を被せて寒くないようにしておく。


「すまないねえ」

「本当に」

「大丈夫だから」


 寝室に熱湯を流し、消毒する。寝台や壁も消毒液で拭いた。


 布団やシーツの煮沸消毒を終え、風の魔石で水分を吹き飛ばす。

 寝台を整えたあと、老夫婦に戻ってもらった。


「ああ、布団や部屋を、きれいにしてくれたんだねえ」

「もう、だいぶよくなったような気がする」

「まだだから。もうちょっと待って」


 次に、抗生物質を用意しなければならない。

 材料となる物は、自然の中にある。エルは読んだ内容を思い出し、作り方の順序を頭の中で整理していた。


「大丈夫……きっと、大丈夫」


 そう言い聞かせ、外へと飛び出した。

 目指した場所は、老夫婦が世話をしていたらしい畑。そこで、土壌を採取する。

 黒斑病を治す抗生物質は、土の中にある菌を使って作るのだ。

 煮沸消毒した皿に土を広げ、火と風の魔石を使って乾燥させる。

 ここから先は繊細な作業だ。火の魔石で土を加熱処理し、不要な微生物を死滅させるのと同時に菌の比率を高めた。


『エル、布の煮沸消毒と乾燥は終えたよ』

「ありがとう」

『抗生物質は大丈夫?』

「うん。たぶん、夜中までかかりそうだけれど」

『応援しているから』


 魔石を使い、攪拌、加熱、乾燥を繰り返す。エルの額にはびっしりと汗が浮かんでいた。

 ヨヨが汗を拭ってくれたり、軽食を用意したり、面倒を見てくれる。

 老夫婦の看病もしてくれていた。


『おじいさんとおばあさん、意識が朦朧もうろうとしているみたいで、猫に看病されているって気づいていないんだ』

「そっか。よかった」

『本当に』


 エルはまともに食事も取らないまま、抗生物質作りを行った。

 最終的に抗生物質が完成したのは、太陽がどっぷり沈むような時間帯だった。


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