少女はウサギ騎士を捜す!
ネージュが残した魔力の痕を、辿る。出発する前に、プロクスが待つように言った。
『ぎゃうぎゃう!(荷物、持つよ)』
イングリットが背負っている鞄を、プロクスが持つという。
エルが通訳すると、イングリットは眉尻を下げながら言った。
「その小さな体で、持てるのか?」
『ぎゃう(任せて)』
プロクスが『ぎゃーう』と吠えると、小さかった体が、むくむく大きくなる。
一米突半ほどの、中型竜の姿へと変わった。
「ああ、なるほど。そういうわけか」
任せても大丈夫だと判断したイングリットは、プロクスに荷物を預ける。
「ここから先は、火炎剣様に頑張ってもらうか」
荷物からフランベルジュを引き抜き、前衛に置く。
「猫くんも、エルの守護を頼む」
『役立つかわからないけれど、まあ、頑張るよ』
ヨヨのゆるい返事を聞いたあと、ネージュ捜しが始まる。
森は木々が鬱蒼と生えているからか、薄暗い。霧も漂っており、視界はお世辞にもよいとは言えなかった。
どこかに、魔物が潜んでいるのだろう。エルは武器である魔石と投石器を握りしめる。
ドキドキしながら、一歩一歩と歩みを進めていた。
『エル、気を付けて! 魔物だ!』
ヨヨの叫びに、エルは歩みを止める。ガサガサと葉がこすれ合う音が聞こえ、そこからフォレ・ウルフが飛び出してきた。
数は三。以前エルが見かけたものよりも、一回りほど小さい。
『うおおおおおおお!!』
フランベルジュは雄叫びを上げ、素早く回転していた。戦闘前にあのように動いて大丈夫なのか。心配になる。
ただ、威嚇効果は絶大で、フォレ・ウルフは襲ってこない。
プロクスも戦う気があるようで、のしのしと前に出て行った。
イングリットは長弓に、先端に魔石の鏃がついた矢を番える。
ヨヨはエルを守るように、前に立っていた。ふわふわの尻尾をピンと立て、勇ましい様子を見せている。
『エル、僕より前に出ないでね』
「ヨヨ、カッコイイ!」
『もっと言って!』
「とっても、カッコイー」
『二回目、言い方が雑になっていなかった?』
「気のせい」
そんな会話をしているうちに、フォレ・ウルフは逃げてしまった。
「魔物が逃げたの、初めて見たな」
「わたしも」
フランベルジュは振り返り、僅かに角度を反る。その様子は、胸を張っているように見えた。
見知らぬ森の中なので、なるべく体力は温存したい。戦闘を回避できるのはありがたいことだった。
先へ、先へと進んでいく。二時間ほど歩いたが、ネージュの姿はいまだ見えない。
「ウサぐるみは、どこまで行ったんだ?」
「うーん。なんか、魔力の通った痕に、迷いがないんだよね」
「躊躇しないで進んでいる、ということか?」
「そう」
森を進む中で、いくつか分岐があった。それすらも、迷わずどんどん進んでいる。
「もしかしたら、ネージュは誰かに連れ去られているのかもしれない」
「その可能性が高いな」
魔物だったら、その場で攻撃しているだろう。二時間以上離れた場所につれて行くということはしない。
「ということは、ネージュを攫ったのは、人間か、精霊か、幻獣か、妖精か、ってことか?」
「たぶん、そうなんだと思う」
ヨヨに妖精や精霊の気配があるか聞いてみる。
『よくわかんない。いるかもしれないし、いないかもしれない』
「すごく、ふわっとした答え」
『基本、妖精や精霊、幻獣は気配が薄い。だから、よくわからないんだよ』
「そう」
考えても答えがでてくるわけではない。ひとまず、長時間歩いて疲れたので、休憩を取る。
開けた場所に魔物避けの結界を展開し、腰を下ろす。
「ヨヨ、食事の準備を手伝って」
『了解!』
エルは魔石と魔石ポット、茶葉に水吐フグを取り出し、茶を沸かす。
球状の水吐フグの頬を左右の手で押すと、口から水が出てくる。
『オロ、オロロロロロ』
見た目の衝撃から長い間使っていなかったが、慣れたら使い勝手がいい。水の魔石を使うときは器を用意しなければならないが、水吐フグは水量を調節しつつ注げる。非常に便利な魔技巧品なのだ。
魔石ポットの湯は一瞬で沸き、しばし茶葉を蒸らしておく。
続いて、エルは薬草入りのソーセージを、火の魔石を入れて炒めた。
火が通ったら、卵を入れる。端がカリカリになるまで焼き、仕上げに黒コショウをかけたら目玉焼きのソーセージ添えの完成になる。
イングリットは、料理をするというヨヨの様子を興味津々とばかりに覗き込む。
「猫くん、料理ができるんだな」
『まあね』
ヨヨは魔法を用いて、パンケーキを作る。
ボウルに卵黄、小麦粉、牛乳を混ぜる。別のボウルに卵白と砂糖を混ぜ、ふわふわになるまで泡立てるのだ。
ふたつの生地を混ぜ合わせ、バターを広げた鍋で焼く。
魔法の力で、パンケーキをひっくり返す。
一人につき二段、重なったパンケーキに、バターを落として樹液のシロップをたっぷりかけた。もちろん、甘いものに目がないプロクスの分もある。
『さあ、お食べよ』
「ヨヨ、ありがとう」
「猫くん、料理が上手なんだな」
『ぎゃう~!(やった~)』
ふわふわのパンケーキは、舌の上でしゅわっととろける。極上のパンケーキだった。
口の中が甘くなったあとの、ソーセージと目玉焼きも最高。
お腹が満たされたあとは、再びネージュの捜索を続ける。