少女は真っ逆さまになる
叫んだハルピュイアは、大量の血を吐き、全身がカクンと痙攣したかと思えば、浮力を失い落下していく。
「なんだ、あれは」
「ハルピュイアの、復讐の儀式。自分に勝ち目がないときに、ああやって自害して、仲間を引き寄せるの」
「なんじゃそりゃ!」
さすがに、五体も相手にはできない。どうすればいいのか。絶体絶命である。
「ねえ、イングリット――」
「よっし、エル。ここから飛び降りるぞ」
「え!?」
そう言って、イングリットはエルを抱きしめる。
「私が飛び込んだら、プロクスは小さくなって、エルにしがみつくんだ」
『ぎゃーう(了解)!』
「え、何? イングリット、飛び込むって、どういうこと?」
「こういうことだ!」
イングリットはエルの鞄と自らのベルトを縄で縛り、荷鞍の荷物を背負う。
そして、エルを抱きしめ、そのまま飛び出した。
「へ!?」
「飛べーー!!」
エルの視界に、青空が広がった。
本来ならば、見えるはずもない光景である。
「なっ、なっ――!」
『ぎゃーう!(着地)』
プロクスは小型化し、エルにしがみついた。それと同時に、イングリットの背中に翼が生える。
「な、何!?」
「エル、歯を食いしばっておけ。舌を噛むぞ」
イングリットの注意のあと、ぐん! と体が全力で引っ張られる。
彼女の翼は大空を舞うのではなく、地上へ真っ逆さまに落下していた。
くるくると回転し、今度は森の木々が視界に広がった。
空、木々、空、木々と目に見えるものが次々と入れ替わる。
「っ、きゃ~~~~~!!!!」
思いっきり、悲鳴を上げる。舌を噛むと言われたが、恐怖が勝ってそれどころではなかったのだ。
エルはとうとう、ぎゅっと目を閉じる。
だんだん速度は上がっていき――バサ、ボスン!! という音を立てて着地した。
痛みはない。何か、フワフワしたものの上にエルはいた。
「よし、着地成功!」
「……」
「エル、大丈夫か?」
「……」
「エル?」
「死ぬかと、思った」
「安心しろ。生きている」
イングリットに生きていると言われ、エルはやっと瞼を開いた。
そこは、深い森の中。高くそびえる針葉樹林が辺り一面広がっている。
「怪我はないようだな」
「うん」
体はどこも痛くない。鞄の中に身を隠していたヨヨも無事だ。エルにしがみついているプロクスも、問題ない。イングリットが背負っていた荷物の中のフランベルジュも、もちろん異常なしであった。
イングリットの背中に生えた翼は、バキバキに折れている。
「あー、これはもう、使いもんにならないな」
「イングリット、それ、何? 落下傘では、ないよね?」
「飛行機だ。落下傘よりも速く飛べる魔技工品だよ」
イングリットの新作らしい。落下傘よりも精密に作っている物ではなく、試作段階だったと。
飛行中の記憶は、消し去りたい。酷い使い心地だった。
だが、飛行機があったからこそ、逃げ切れたのだろう。落下傘の速度だったら、確実にハルピュイアに追いつかれて攻撃されていた。
「ハルピュイアを五体も相手にしたら、私達は死んでいた。だから、飛行機に賭けたんだ」
「イングリット、ありがとう」
感謝の気持ちを伝えると、イングリットはポカンとした表情を見せる。
「どうしたの?」
「いや、エルに怒られるかと思っていたから」
「怒らないよ。だって、無事だったじゃない」
「そうだけれど。逃げる過程がはちゃめちゃだっただろう?」
「それでも、わたし達は怪我一つなく生きている。イングリットの思いきりのよさのおかげ」
「ま、まあ、そうだな」
しかし、喜んでもいられない。ネージュとはぐれてしまったのだ。
「エルはネージュと契約しているんだろう? 何か、気配とかわからないのか?」
イングリットの疑問には、エルではなくヨヨが答えた。
『できるはずだよ。ねえ、エル。集中して、ネージュの魔力を探るんだ』
「ネージュの、魔力?」
『そう。意識したら、わかるでしょう? 僕の魔力も、目を凝らして見てみなよ』
エルはじっと、ヨヨを見つめる。すると、緑色の糸のようなものが、ヨヨの周囲に見えた。
「あ――、すごい。ヨヨ、森の中にいるから、いつもより、魔力が活性化されている?」
『まあね』
ヨヨは森暮らしの妖精なので、森の中だと普段より多くの力を有しているようだ。
『何ができるかと言えば、地面から蔦を生やしたり、木の枝を自在に操れたりするだけだけど』
「それでもすごいよ」
ヨヨのすごさはひとまずおいて。
エルは集中し、ネージュの魔力を探った。
「一応、ネージュが落ちていった辺りを目指していたんだが」
『だから、あんなにぐるんぐるん回っていたんだ』
「猫くんは大丈夫だったか?」
『人間だったら、吐いていたと思う。まあ、妖精だから平気だったけれど』
「エルはよく平気だったな」
『強い子に育てました』
イングリットとヨヨの会話は敢えて聞き流し、エルは集中する。
うっすらと、白い絹のような糸が見えた。
「見つけた、ネージュの魔力!」