少女は空飛ぶ魔物と退治する!
ハルピュイア――人間の女性のような上半身に、手は翼、鶏のような脚に、鋭い爪先を持つ魔物である。
「クソ、なんで、あんな稀少で凶暴な魔物が王都周辺に出るんだよ!」
イングリットの叫びには、焦りが滲んでいた。
エルは地上に視線を向ける。見渡す限りの大森林であった。プロクスが降りられそうな場所はどこにもない。
イングリットに、どうするかなんて聞けない。
やるしかないのだ。
「さて、問題は戦い方だな」
『わ、わたくしが、先陣を、切りますわ!』
「ウサぐるみ、大丈夫なのか?」
『も、もちろん』
ネージュの声が震えていた。ただでさえ高所恐怖症なのに、初陣がハルピュイアとあっては運が悪いとしか言いようがない。
明らかに、頼りになりそうにないが、イングリットはネージュを戦力の一つとして考えているようだ。
「ウサぐるみ、空は飛べないよな」
『さ、さすがに、空は飛べません』
ネージュは騎士なので、プロクスの背に乗ったままでは戦えない。
ここで、エルはハッとなる。
「イングリット、わたし、お祖父さんから、召喚札をもらったの!」
「召喚札?」
「うん、これ!」
鞄から取り出し、イングリットに見せる。
「鷹獅子じゃないか! こいつに跨がったら、近接戦闘も可能だな」
「うん。でも、ネージュ、本当に、大丈夫?」
ネージュは震える手で、剣を引き抜く。すると、耳がピクンと動いた。
怯えていた瞳は、まっすぐに敵――ハルピュイアを捉える。
まるで、別人格が乗り移ったかのように、高所や魔物に対する恐れが消えたように見えた。
『ご主人様は、わたくしが守りますわ!!』
凜々しく叫ぶ。
「よし、じゃあ、ウサぐるみは鷹獅子の背に乗って、近接攻撃。私は、ここから遠方射撃をする」
黒い点としてしか見えなかったハルピュイアの姿が、はっきり見えるようになる。
明らかな殺意を持って、飛んで来ていた。あの様子だと、地上に着地したとしても追いかけてくるだろう。
ハルピュイアの真っ赤な瞳が、キラリと光る。
「エル、始めるぞ!」
「うん!」
戦いの火蓋が切られた。
まず、エルは召喚札を投げて、鷹獅子を召喚した。
通常、鷹獅子は馬と同じくらいの大きさだが、大型犬と同じくらいの大きさの鷹獅子が出てくる。
「おお、ウサぐるみが乗るのにぴったりな大きさだな」
「ネージュ、召喚札の幻獣は、攻撃で大打撃を負ったら消えてしまうから」
『承知いたしました』
「エル、ネージュにアレを持たせてやれ」
イングリットの指示に、エルはコクリと頷いた。鞄を探って、取り出す。
「ネージュ、もしも、危険を感じたら、これを使って」
ネージュに手渡したのは、小さな背負い鞄である。
『ご主人様、これはなんですの?』
「イングリットの発明品、落下傘」
空から落下しそうになったときに、鞄の紐を引いたらキノコのような傘が飛び、安全に降下できる道具である。
まだ試作品で、上手く使えるかどうかもわからない品だ。ないよりはいいだろうと思い、ネージュに背負わせてあげる。
『では、行ってきますわ!』
ネージュは鷹獅子の背に飛び乗り、プロクスの前に出る。
「ウサぐるみ、やるな。私も、頑張るか」
そう言ってイングリットは弓を手に取り、鐙を踏みながら立ち上がった。
「イングリット、立ったら危ないよ!」
「立たないと、矢を射られないんだよ。足で鞍を挟んでいるから、平気だ」
空の上で、矢を当てるのは至難の業だろう。だけれど、イングリットは当てる自信があるという。
一方で、エルは魔石を当てる自信なんてない。結界の外に出たら、地上へ落下するのはわかりきっている。
今回は魔石を使わずに、補助に回ったほうがいいだろう。
鞍に結んでいた水晶杖を手に取って、いつでも回復魔法を放てるようにしておいた。
『キィイイイイイイイイイ!!』
甲高い、ハルピュイアの咆哮が聞こえた。耳がジンジン痛む。
翼をはためかせ、接近するハルピュイアは、ゾッとするほど恐ろしい姿をしていた。
目は赤く光り、鼻はない。口は大きく裂けていて、鋭い牙が覗いている。
得意とするのは、接近戦でなく魔法だと本で読んだことがある。
『ギュオオオオオオオオオン!!』
先ほどとは異なる鳴き声を上げた。その瞬間、ハルピュイアの前に魔法陣が浮かんだ。
「魔法だ!」
『ぎゃうー(くるよ)!』
火の球がいくつも浮かび上がり、弾丸のように放たれる。
エルは守護の呪文を唱え、結界を張った。
「――我が身を守れ、守護陣!」
目には見えない巨大な魔法の盾が出現し、火の弾をすべて防いだ。
『いきますわよ!!』
勇ましい叫びと共に、鷹獅子に跨がったネージュがハルピュイアに向かう。
鷹獅子はハルピュイアの前で一回転した。同時に、ネージュが斬りかかる。
ハルピュイアの胸から、赤い血が噴き出した。
「やった!」
「いや、まだだ!」
イングリットはそう言って、一射目を放つ。残念ながら、当たる寸前で避けられてしまった。
『ガー、ガガガ、ガアアアア、ギャアアアアアアアアアアア!!』
ひときわ甲高い声で叫んだ。近くにいたネージュの体が咆哮の衝撃で傾き、鷹獅子から落ちてしまった。
「え、嘘!?」
鷹獅子の姿も、消えてしまう。
すぐに、ネージュは落下傘の紐を引いたようで、鞄から傘が広がる。
ゆっくりと落下しているようだ。
「ネージュ!!」
「エル、ネージュはあとで回収する。まずは、あいつを倒さなければ」
イングリットが二射目を構えた瞬間、ハルピュイアは再び叫んだ。
『キィイイイイイイイイイヤアアアアアアアア!!』
エルは咄嗟に、耳を塞ぐ。それでも、耳への衝撃は避けられなかった。
「な、なんだ、あれは……!」
イングリットの言葉が、風呂場にいるかのように響いて聞こえた。
耳がおかしくなっているようだった。
それよりも、信じがたい光景を目にする。
遠くから、五体のハルピュイアが飛んで来ていた。