少女はやっとのことで、冒険に出発する!
「――はあ、はあ、はあ、はあ!! さ、さすが、私のエル! 美とは、エルのためにある言葉だ!! も、もっと近くで見てみたい! 一歩、あと一歩、接近しても、許されるだろうか?」
「それ以上、わたしに近寄ってこないで!」
近づこうとしていたフォースターを、エルは力強く牽制する。
フォースターはピクリと反応し、動きを止めた。
なぜ、このような不可解な状況になったのか。エルは眉間の皺を深めてしまう。
エルはフォースターが用意した“薄紅大天使”を着用し、本人へイヤイヤながら見せた。
その反応が、先ほどの一言だったわけである。
「その美しさを、絵にして永遠のものとしたい。いや、むしろ、ずっと傍にいてほしい。いいや、看取ってもらおうか……」
「意味わからないこと言っているの、わかっている?」
「すまない。思っていた以上にすばらしいものだから、頭が混乱しているのかもしれない」
これ以上、何を話しても無駄だろう。エルはため息をつき、フォースターに「行ってくるね」と声をかける。
「気を付けるんだよ、私のエル」
「お祖父さんのじゃないから」
ぴしゃりと注意して、フォースターの執務室を出た。
「エル、大丈夫だったか?」
「なんとか。行こう」
「そうだな」
フォースターの許可が出たので、エルとイングリットは出発する。向かう先は、浣熊妖精が棲む、フルルンの森。
久しぶりにプロクスは成獣体となり、庭に鎮座していた。
背中にはしっかり鞍が装着され、乗り心地は改善されている。
『ぎゃうぎゃうぎゃうー(百人乗っても大丈夫!)』
「いや、百人は無理でしょう」
プロクスの発言に対し、エルは冷静に突っ込んでおく。
『さあ、冒険の、始まりですわよ!』
ネージュは張り切ってプロクスに跨がろうとしていたが、足が短くて鞍に届かない。
フランベルジュは素振りのつもりなのか、目にも留まらぬ速さで回転していた。
ヨヨは近くにある木の幹に爪を立て、丁寧に研いでいる。
「なんていうか、びっくりするくらい協調性がないチームだな」
「それは言えている」
エルは息を大きく吸い込み、声をかけた。
「ヨヨ、行くよ! フランベルジュは、鞍に載せるから大人しくして。ネージュは、わたしが乗せてあげるから、待っていて」
プロクスは期待を込めた瞳をエルに向ける。特に言うことはなかったが、なんとかひねり出す。
「プロクスは、安全運転で、お願い」
『ぎゃーう(任せて)!』
エルのもとにやってきたヨヨを、魔法鞄に詰め込む。フランベルジュはイングリットが鞍に縛り付けていた。直立不動で待つネージュを鞍に乗せ、エル自身も跨がった。
最後に、イングリットが乗り込む。
「準備万端!」
「プロクス、出発して」
『ぎゃうん(了解)』
プロクスは大きな翼をはためかせる。すると、少しずつ浮いていった。
どんどん上昇し、ついには地上を見下ろせるくらいの高さまでたどり着いた。
結界を張っているので、風の抵抗や寒さは感じない。実に、快適な旅である。
ただし、高所が気にならないのであれば。
『ひええええ、な、なんて高さを、飛んでいますの!?』
ネージュは高い所が苦手なのか、全身ガクブルと震えていた。
「ネージュ、大丈夫? 魔法鞄の中に、入る?」
『わたくしは騎士ですから、ご主人様を守るために、前に立っていなければ、ならないので――』
強風が吹き、プロクスの体が僅かに傾いた。ネージュは鞍にしがみつき、悲鳴を上げている。
「ネージュ、私は平気だから、魔法鞄の中に入ったら?」
『いえいえいえ、空の上でも、魔物はでますし、そうなった場合、わたくしは剣を抜いて、戦わなければならないので』
「空を飛ぶ魔物なんて、滅多に出ないと思うけれど」
エルがそう返した瞬間、プロクスが叫んだ。
『ぎゃーう、ぎゃーう(前方より、敵襲)!!』
「えっ!?」
「エル、どうしたんだ?」
「前から魔物が飛んできているって」
「まじか!」
前方を見てみたら、たしかに黒い点に見える何かがこちらに向かって飛翔してきている。
「エル、見えるか?」
「肉眼だったら、黒い点が見えるくらい」
「そうか」
イングリットは腰ベルトに吊した鞄を探り、望遠鏡を取り出す。
すぐに覗き込み、前方にいる敵を確認していた。
「ヤバいのが、飛んで来ているな」
「ヤバいのって?」
「ハルピュイア――飛行系の中位魔物だ」